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第31話

「美桜——」 「陽、私たち、別れよう」  陽ははっとして口を噤んだ。  美桜は真剣な顔をしているのに、その目には涙が浮かんでいた。  でも、どうしてとは言えない。理由はもう分かっている。  それは、自分も美桜に別れを告げる為の覚悟をしてここにきたからだった。  十二月二十五日は、未来を約束する恋人たちで溢れ返る。  なのに、自分達は予約していたイタリアンレストランで、恋人という関係性に終わりを迎えようとしていた。  美桜は目を合わせず、伏し目がちで苦笑する。 「……フラれるのは辛かったから、陽に言われる前に私から言いたかったの。自分勝手でごめん……」 「……ううん」  俺の方こそごめん。そう言いかけるが、自分が謝るのは違う気がしてまだ料理が残っている皿に視線を落とした。  今日この日までの二週間、毎日美桜とのことを考えていた。  美桜と初めて会った日から全ての思い出を、映画のように頭の中で流し続けた。  でも過去ばかり流れてきて、未来の映像が流れてこないことに戸惑いを感じていた。  元々、自分は恋だとか愛だとか、家族に抱くものとは違う感情に対して曖昧な部分があった。  確かに可愛いなと思う女の子には何度も会ったことがあるが、それが好きとは違うものだと感じていたから自分から相手に歩み寄ることは一切しなかった。    美桜に告白された時は、素直に嬉しかった。明るくて優しくて、一緒にいると楽しいかもしれないと思った。  想像した通り、彼女と凄く時間は楽しかった。なんでも笑ってくれるし、気遣いも上手で良い奥さんになると思った。  けれど、それは客観的視点だった。  美桜が子供を産み、家族と幸せそうに歩く姿を想像しても、その隣にいるのは自分じゃなくて影のかかった知らない誰かだった。  好きなのは確かなのにその矛盾した気持ちは、感情と想像が上手く合致せず筆が進まない画家の気分だった。  長いこと考えていた。考えているうちに、なぜか暗闇から浮き出るように相良がそこに現れたのだ。  なんで? なんでそこにいるの?  すると、ポケットの中でスマホが振動した。  色々考えたくて、バイト帰りに雪が降っていても構わず徒歩で帰宅している時だった。  ちょうど公園の近くを歩いていたから、鉄棒に積もった雪をほろい、腰掛ける。  子供の声が聞こえない公園は、クリスマスイヴだというのに寂しそうだった。  ポケットからスマホを取り出すと、メールは相良からだった。  一通のメールの件名は『メリークスマス』。「リ」が抜けているのが可笑しくて、ひとりでに笑ってしまった。 『ほしいものは特にない。でも、この人形は昔両親がプレゼントしてくれたものと似てて懐かしくなった』  初めて画像が添付されていて、少しずつスマホの扱いにも慣れて来たことが伝わって来た。  画像を開くと、某有名キャラクターのぬいぐるみが鎮座している写真だった。  恐らくふわふわした毛触りであろうその薄桃色のぬいぐるみは、なんだか相良に似ていた。 「……かわいいなぁ」  そう、呟いていた。  え?  スマホを見つめたまま、自分の呟いた言葉を頭の中で反芻する。  かわいい? この、ぬいぐるみが?  確かに可愛いけれど、今のはきっと違う。  もう一度、文章に目を通す。 「……っ」  愛おしくて、苦しくて、会いたくなった。  ああ、これは。  これが——?  途端に、心臓が急速に鼓動し始めた。じっとしていられなくて立ち上がると、小走りで家に向かった。  走ってる間も、脳は手と足の動きに連動するように、忙しなく働いていた。  図書室で初めて見せてくれた笑顔。  一人は嫌だと見せた涙。  運動音痴だとバレた時の拗ねた顔。  ——鴫原。  相良の声が、表情が、言葉と共に流れてくる。  違う。俺には美桜がいるじゃないか。  違う、違う違う違う。

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