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第32話
「他に、好きな人が出来たんだもんね」
「え?」
知っていたというような口調に、陽は呆然として美桜を見ていた。
「だって最近の陽、ずっと私じゃない誰かの事を考えてるみたいだったから」
美桜はそう言って苦笑した。
「……」
誰かって、誰?
好きって、なんだっけ?
「陽って、私と付き合った後もどこか仲の良い友達みたいなところあったよね。好きでいてくれるのは感じてたけど、言葉に出来ない違和感みたいなものずっとあった」
「美桜……」
何も、言えなかった。
その″違和感〟が自分でも分からなくて、今まで向き合うことなく付き合ってきたけれど、美桜には見抜かれていたのだ。
殴られてもおかしくない。むしろ、殴って欲しいくらいだった。
何かを考えるように俯いていた美桜が急にぱっと顔を上げたから、くるか、と身構える。
目尻に涙が見えたが、彼女は強い意思のある目つきでこちらを見ていた。
「私といた時より幸せになってくれないと許さないから!」
周りにいた客が、なんだとこちらを見る。
美桜は上げかけた腰を下ろしたが、目だけはしっかりとした意思を持ってこちらを見ていた。
「私も絶対幸せになる。絶対に。……だから、また会えた時は笑顔で会おうね。ありがとう、陽」
ああ——。
辛いはずなのに、笑顔で終わろうとしてるのが伝わってくる。
これ以上、暗い話はしていけない。そう思って、陽も微笑み返した。
「うん。美桜、ありがとう。今まで、本当にありがとう。またどこかで会おう」
付き合って一年も経っていないが、美桜を過ごす時間が楽しかったことは嘘ではない。
彼女なら、絶対に幸せな家庭を築いていける。
「陽と過ごす時間、すっごく楽しかった。だから、これから陽の一番になる人はきっと毎日が楽しくなると思う」
美桜は、別れ際にそんな言葉を残してくれた。
こんなに素直で優しい子を幸せに出来なかった自分が情けなかった。
美桜と別れ外に出ると、目の前をイチャついたカップルが通り過ぎて行く。
そうか、今日はクリスマスだ。
吐いた白い息が、頼りなく夜空に消えていく。
——ずっと、私じゃない誰かの事を考えてるみたいだったから。
そんな。そんなまさか。
相良が男だからだとか、そういうことに動揺している訳じゃない。
感じたことのない強い想いに、自身が圧し潰されてしまいそうなのだ。
もしこれが恋情だとしたら——自分は、相良に想いを伝えるべきなのだろうか。
美桜のように、幸せに出来なかったら? もしこの想いが勘違いなら?
「……」
気泡のようにいくつも浮かぶ自問をかき消すように雑踏に紛れる。
煌々と輝く街はいつにも増して張り切っていて、寂しさを助長させた。
「あ……」
ふと、素通りしようとした店に目を奪われ足を止める。
ガラス張りのディスプレイに飾られたうさぎのぬいぐるみ。
目立つように飾られている訳じゃないのに、はっきりとこの目に飛び込んできた。
つぶらな黒い瞳が「買って」と言うように、つぶらな瞳でこちらを見ている。
それは相良が、メールで送って来たもの同じものだった。
店に入りぬいぐるみを手に取ると、想像よりずっとふわふわしていたし、愛らしかった。
「そちら触り心地も良くて可愛いですよね。彼女さんへのプレゼントですか?」
「えっ、違います」
自分より少し年上くらいの女性店員に声をかけられ、陽は慌てて首を振った。
「妹のクリスマスプレゼントを考えていて」
嘘をついてしまった。愛菜には既に別のプレゼントを渡している。
「そうなんですね! このお色は数量限定で、当店でも一つしか入荷してないんです」
悩んでいた気持ちが、数量限定という言葉ですぐに固まった。
「あの、これください」
「ありがとうございます! ラッピングも致しますか?」
「お願いします」
店員は愛想のいい笑顔で承諾し、丁寧にぬいぐるみを包んでくれた。
「ありがとうございました!」
明るい声に見送られ、ラッピングされたぬいぐるみを手に店を出る。
「……俺、何してるんだろ」
思わず独り言を呟いてしまった。
プレゼントをしたら喜んでくれるだろうか。
早く、会いたい。
明日の昼は図書室に行ってみよう。
決まった明日の予定に、気持ちが上を向きつつあった。
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