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第38話❀
重い瞼をゆっくり開けると、誰かが自分の顔を覗くようにこちらを見ていた。
ぼやけた輪郭が段々と鮮明になっていき、それが鴫原だということに気付くのにはそう時間はかからなかった。
「相良」
鴫原? なんでここに?
また、夢を見ているのか。
彼はなぜか心配そうな表情をしていたが、朧げな脳では理由を考えることが出来なかった。
「相良、早く元気になってね」
そう言って鴫原は背を向けようとする。
もう、言ってしまうのか?
行かないでくれ。
そう心の中で叫ぶと、鴫原は驚いたように振り返った。声が届いたのかもしれない。でもそんなことはどうでもよくて。
夢なら別に、言ってもいいんだろうか。
ここで想いを吐いてしまえば、少しは楽になるかもしれない。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、震える唇を動かす。
俺、鴫原が――。
鴫原が、好きだ。
いつからなんて、分からない。もしかしたら、出会った時からかもしれない。
太陽みたいな人だと思ったあの瞬間から、彼のことばかり考えるようになっていた。
ふと、鴫原の顔が近付いてくる。
え? と思った時には、彼の顔はすぐ目前にあった。
唇に感じる、柔らかな感触。驚きはしたけれど、込み上げてくる幸せな感覚に、ゆっくりと目を閉じる、
これが、現実だったら――。
それが一瞬だったのか長かったのかよく分からないけれど、次に目を覚ますと見知らぬ天井が目に入った。
薬品の臭いと、自分の眠っていたベッドを囲うようにカーテンがかかっていて、そこが保健室のベッドだということに気が付くと雪は慌てて体を起こした。
どうして保健室に?
いや、そんなことよりも驚いているのはそこじゃなかった。
カーテンを開けると、書類に向き合っていた養護教諭が雪の事に気が付きこちらを向くと、安心したように微笑んだ。
「具合はどう?」
「あ、あの……っ」
「あなた、教室で倒れたのよ。恐らく貧血ね。まだ育ち盛りなんだから、睡眠と食事はしっかり摂らないとダメよ」
違う、そんなことを聞きたいんじゃない。
更に質問をしようとすると、先に口を開いたのは教諭だった。
「そういえば、一人男の子が様子を見に来てたわよ。結構珍しい苗字の子だったはずだけど……確か、しぎはらくん、だったかしら?」
心当たりはある? という先生の質問に答えている余裕はなく、雪の思考は既に停止していた。
心配そうに見つめてくる鴫原、好きだと言った自分、唇に残る感触。
あれは、夢じゃなかったんだ。
なんで、なんで。
鴫原は、なんで、俺に?
夢の中で解決させようとしていたのに、夢じゃないと気付いた瞬間の絶望。けれど、その中に宿る淡い期待に心が揺さぶられる。
教諭に肩を叩かれるまで、雪はその場から動けなかった。
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