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第39話
相良が倒れたという話を耳にしたのは、図書室に向かっている途中だった。
恐らく相良と同じ写真学科の生徒であろう女子二人とすれ違う瞬間にその話が耳に入り、思わず呼び止めてしまった。
詳しく話を聞くとやはり空耳ではなく、相良が教室で倒れたという内容で自分の体は考える間もなく保健室に向かっていた。
保健室に入ると、養護教諭が驚いてこちらを振り返った。多分、血相を変えて入って来たから何事かと思ったのだろう。
相良雪はいるかと尋ねると教諭はカーテンで仕切られたベッドを指差した。
貧血で倒れたのよ。あなたも友達ならちゃんと食べるよう強く念押ししておいてね。
教諭はそう言うと、書類を提出しにいくから少し席を外すと部屋を出て行った。
そっとベッドに近寄り、カーテンを開けると、少し顔色の悪い相良が眠っていた。
「相良……」
足音をたてないようそっと近づき、頬に触れる。ひんやりとしていて、外で降っている雪を思い出す。そのまま雪のように溶けて消えてしまうのではないかと感じて、目覚めるまでこのまま側にいたいと思ってしまった。
すると、相良の指がピクリと動き、彼の目がゆっくりと開いた。
やばい、起こしてしまったか。
触れていたことを怒られてしまうかと慌てて手を引っ込めたが、相良はぼーっとした様子で天井を見つめているだけだった。
「……相良」
顔を覗くと、虚ろな眼差しと目が合う。
また眠ってしまいそうだったから、名残惜しいがこれは早く居なくなった方がいいかもしれない。
「相良、早く元気になってね」
そう声だけかけて踵を返すと、くんと裾を引かれ、驚いて振り返る。
相良が自分の裾を握り、寂しそうな顔でこちらを見ていた。
寂しそうだなんて、自分が都合いいように解釈しているだけかもしれないが、相良は表情を変えることなくゆっくりと口を開いた。
「行かないで……」
小さく呟いた声に、目を見張る。
「相良?」
裾を握る手を両手で包み込むと細い指が握り返してくる。
もしかしたら寝ぼけているのかもしれない。
でも、どうしようもなく愛おしくて、その手をずっと握っていたくなる。
どうしてそんな泣きそうな目で見てくるんだろう。
相良――。再び名前を呼ぼうとしたところで、相良が口を開いた。
「しぎ、はら……。俺……」
「うん……」
「……鴫原が、好きだ……」
「……え?」
耳を疑った。
いま、なんて?
「でも、怖くて、言えなくて……困らせたくなくて、夢なら、許してもらえると思って……ごめん……好きになって……ごめん……っ」
つう、と相良の目尻から雫が落ちる。
「相良……っ」
ああ、だめだ。
もう、この想いは止めることなんて出来ない。
もう片方の手で相良の髪を撫で、微笑む。
「俺も、好きだよ」
そう言って、キスをした。
一瞬ピクリと指先が反応した気がしたが、離れると相良はもう意識を手放していて、もどかしい気持ちのまま保健室を去ることになった。
届いたのだろうか。夢だと言っていたから、覚えていないかもしれない。それなら次会った
時には、きちんと目を見て、自分の想いを伝えなければ。
――好きになってごめん。
そんなこと、二度と言わせるもんか。
保健室を出てからも、相良の事が気になって授業なんて集中できる訳がなかった。
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