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第40話❀

 保健室を出る頃には体調は良くなっていたが、昼以降の授業には参加することができなかった。  あの後、教諭にはしっかり食べるようにだとか、睡眠をしっかりとれだとか口うるさく何度も言われてしまい、嫌でも聞き入れるしかない状態だった。  確かに、生活習慣は見直さなければいけないと思っていたから、これを機に整えていこうと誓う。でも、そんなことよりも今は他のことに意識が向いていた。  廊下を歩きながら、そっと下唇に触れる。  夢だったのかもしれないが、キスをした瞬間の感覚がやけにリアルなのだ。  また明日以降、鴫原と会うことになるかもしれない。でも、その時には最初にどんな顔をして会えばいいのだろう。  好きと言ってしまったからには、もう逃げることはできない。 「はあ……」  考えれば考えるほど嫌な方向に気持ちが向いてしまうのは、自分の悪い癖だ。  とりあえず、今日は帰ってゆっくりお風呂にでも浸かろう。そうして気持ちを落ち着かせれば、自ずと答えが見えてくるかもしれない。  そう思いながら大学を出ようとした時だった。 「相良?」  声をかけられ振り返ると、鳴瀬雄大がいた。背中には弓道の道具を背負っていて、袴を着たその格好は様になっている。 「鳴瀬……。弓道、やってるのか?」 「そ、弓道部なんだ。相良、写真学科だったよな? 二か月後に大会あるから俺の勇姿を収めに来てくれよ。鴫原も誘っとくからさ」  鳴瀬はそう言って白い歯を見せて笑った。 「うん」  そのおちゃらけた話し方がどことなく鴫原と似ていて、笑いそうになる。  鳴瀬は何故か少し驚いたような顔を見せた後、困ったように頭を掻いた。 「……ったく、罪な奴だなあ。こりゃ美桜ちゃんどころじゃないよな」  ぼそっと呟いたその言葉を、雪は聞き逃さなかった。 「美桜ちゃん……?」  聞き返すと、鳴瀬は「知らないのか」とでも言いたげな表情でこちらを見て来た。  なんだか胸がざわつく。  もしかしたら、聞かない方が良かったのかもしれない。  鳴瀬は、そんな雪の心情なんて読み取れる訳がなく、口を開いた。 「陽の彼女の名前だよ。高校卒業する前くらいから付き合ってたんだけど、ついこの間――って、おい、相良!?」  気付いた時には、走り出していた。  ああ。ああ――。  (もてあそ)ばれたんだ、自分は。  駅に着き、おぼつかない足取りで椅子に座る。  呆然としていると、電車がやってくる。でも、立ち上がる気力が湧いてこなかった。  電車が去り、人気(ひとけ)の減った駅は虚しさを助長させる。 「……ふ……っ」  空を見上げた瞬間、堪えていた涙が溢れてくる。このままだと子供みたいに泣いてしまいそうだったから、慌てて膝の上で腕を組んでうずくまった。  初めて、人を好きになった。これが好きという気持ちなんだと、初めて知った。  切なくて、苦しくて、いっそのこと嫌いになってしまう方が楽なのに、どこかでまだ信じたいと思ってしまう自分がいるのが悔しかった。

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