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第2話
山本会長に連れられてきた部屋はカビの匂いが充満していた。
そんな環境でも集中して本を読んでいる学生が一人窓際の席に座っている。体型は痩せすぎで、窓から微かに照らす光でより一層、そう見えた。髪の毛は襟足が非常に長く、前髪は自分で切ったのか酷い形をしていた。
そいつはこちらに気付くと一瞬露骨に嫌そうな表情をした。だが、すぐさま笑顔を繕い山本会長に尋ねた。
「もしかして彼が噂の入会希望者?」
読んでいた本を丁寧に机に置き、こちらに近づいてくる。私の爪先から頭のてっぺんまでじろじろ見て「ふむ」と言うと、先程座っていた席に戻った。身長は私よりも高く178cm位だろうか。それにしても今の品定めはなんなんだ…
山本会長は余程新入会員が来たのが嬉しいのかひっきりなしに私の隣でそいつに話しかけている。そいつはと言うと我関せずと見向きもしない。
私はこの時ミス研に在籍し続ける自信はとうに消えていた。やたら熱心な会長、痩せすぎていて髪型が変な先輩に囲まれて生活するなんてまっぴらごめんだ。会長には悪いが今回はなかったことにしてもらおう。会長に話しかけようと声を出そうとした瞬間後ろの扉が開いた。扉の向こうにはそいつとは真逆の爽やかな青年が立っていた。
「やぁ!島田くん!この子を見たまえ!新入会員だよ、新入会員!」
「え!あのビラでよく人が来たな!今年の合宿は賑やかになるな!」
二人で盛り上がっているのをそいつは一瞥し、また本を読み始めた。
この二人の眩しい笑顔を見ていると「やっぱりやめます」なんて私は言えない。
「さぁ成宮…すまない。下の名前を教えてくれないか、苗字はすぐに覚えられるんだが下の名前はどうも…ね?」
「あ、いえ気にしないでください。下の名前はケイです。蛍って書いてケイ」
「あー!そうだったそうだった。ケイ。いい名前だね。」
会長と島田さんは私の背中を押し、そいつの隣に座らせた。そいつはこっちを見ることもなくただ本を読んでいる。太陽光に照らされたそいつの目元を見ると長い睫毛とどこか冷たい瞳に少し夢中になってしまった。そいつがこちらをチラリと見ると慌てて襟を正し、先輩方と小さめのテーブルを囲んだ。
早速会長によるミス研の説明が始まった。ミス研と謳ってはいるものの研究らしいことは一切しておらずせめてもの活動は半年に一回合宿に行き、そこで自作のミステリー小説を執筆し、皆で講評しあうことだけだそうだ。そして入会条件として忙しくない日は絶対ここに来る事。週一の掃除当番をすっぽかさない事。ここで読むのはミステリーだけにする事だけだそうだ。掃除当番の条件で小学校のクラブ活動を思い出した。そういえば小学生の時から皆にいいようにこき使われて何回も掃除当番を代わったっけ…面倒なことはみんな私に放り投げて自分たちは家でゲーム三昧…嫌なことを思い出してしまった。私が余程阿呆な顔をしていたのだろう。そいつが肘を机につきながらもう片方の指で私の横腹を小突いた「どうかしたのかい?具合でも悪い?それともここの雰囲気が合わなくて今にでも立ち去りたい?それなら好都合だ。」
そいつとの初めての会話がこれだ。今の私なら助走をつけて思いっきり殴り飛ばしているだろう。だが、当時の私はそんな度胸を持ち合わせていなかった。
「なんてこと言いやがる!せっかくの新入会員だぞ!ミス研には珍しい新入会員だぞ!去年もお前のせいで誰一人として入会しなかったじゃねーか。この子は我がミス研の宝と言っても過言じゃない!」
島田さんがキツく言うとそいつは何か言いたげだったが「そうですね、宝ですもんね。すいません」と腹立つ笑顔で言った。
人様をあまり悪くいうのは好まないがこの男に関しては今のところマイナスのイメージしかない。いや...睫毛と瞳は何故か惹かれるものがある...男相手にこんな感情を抱くなんて疲れてるのだろうか。自分の審美眼に不信感を抱き頭を抱える。
今もなお怒っている島田さんを会長が「まぁまぁ」と宥めているとそいつが震えた声で「困るんだよ」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
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