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漕ぎ手のヴァン04

 思わず前のめりに倒れこんだヴァンは、反射的に肘を砂につく。すんでのところで体を支えることができたが、もうすぐで顔から海水で緩んだ砂に突っ込むところだった。 「悪い悪い、惚けた顔をしてたからつい」 ケラケラと笑いながらヴァンの体を引っ張り上げた赤毛の男は、サングラス越しにヴァンの顔を覗き込む。左頬に泣き黒子のように彫られた“付き人”の刺青が陽の光を反射して黒々と光った。  ヴァンは泣きそうな顔になりながらも、どこか楽しそうに言った。 「ロブさん!なんでいつも気配がないんですか?」 「えー?お前が鈍いんじゃないか?」 「鈍くなんかないです。ああ、もう……シャツがびしょびしょだ……」 「あははっ!いやあ、悪かったよ。これじゃまるで春雨だな」 「春雨?」 ロブは後ろの方を指差しながら答える。 「さっきすれ違ったんだ。ガウンの裾をぐっしょり濡らしていて、付き人がキレ散らかしてたぞ」 「ああ、さっきまでここにいたんですよ。“衣装係”にも怒られてしまいますね。高そうなガウンでした……」 「ああいうのを洗濯するのは衣装係じゃなくて付き人だ。かわいそうに、春雨の付き人は苦労のしっぱなしだよ。そろそろ少し長めの休暇をやらないとな」 「休暇?」 「お前も望めば休暇を取れるぞ。長くて1ヶ月。知らなかったのか?」 「そういえば…島に来たばかりのころそんなことを聞いた気が…」 「おいおい、ちゃんと話を聞いておいてくれよ。シークレットガーデンは福利厚生が充実していて、仲間たちの笑顔に囲まれて働けるアットホームな職場なんだから」 「嘘ではないのに、なんだかそう言うととてつもなく胡散臭いですね。ロブさんも休暇を取ることがあるんですか?」 ロブはサングラスをかけ直しながら、鼻で笑い飛ばす。 「俺は無理だな。楼主様の世話に休みはない」 「そういうものですか…それはなんだか、不公平ですね」 「楼主様には休みがない。ということは、楼主様の付き人にも休みはないってことだ。そんなことよりヴァン、今夜は団体客が来る。お前のゴンドラで迎えに行け。とびきり綺麗に飾り付けてな」 「団体客ですか。今夜は賑やかになりそうですね」 「商売繁盛で何よりだよ。さ、船の手入れに向かえ」 「はい」

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