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漕ぎ手のヴァン05

 ロブに促され、ヴァンは北の海岸を後にした。 切り立った崖の間に人工的に削り出された小道を抜けて、梅の館の裏を周り、島の東端にあるゲートに出る。ゲートを通り過ぎて東の海岸に伸びる桟橋に向かうと、漕ぎ手たちが船を磨いたり、天蓋を干したりしていた。  海の男たちは皆日に焼けた肌をしていて、体のどこかに“漕ぎ手”の刺青を入れている。ヴァンは自分の右肩に彫られた刺青に無意識のうちに手を伸ばしながら、漕ぎ手仲間たちに挨拶をした。  3年前にヴァンがシークレットガーデンに初めてやって来たときには、この桟橋はまるで異界への入り口のように思えた。しかし、いつの間にかここはヴァンの日常の風景の一部だ。  毎朝この桟橋に通って自分の船の手入れをして、日が暮れると船を漕いで客を迎えに行き、客をシークレットガーデンに運ぶ。 自分が運んだ客たちが春雨のような男娼にもてなされている間、漕ぎ手は桟橋で客の帰りを待ち、心も体も満たされた客たちが戻って来たら、彼らを再び外の世界へ運ぶ。 そんな毎日がすっかり体に馴染んでいた。 「ヴァン、おいヴァン。なあ、飾り付けに花はいるか?」 「へ?」  漕ぎ手仲間が何度もヴァンに呼びかけていたのか、ヴァンの素っ頓狂な返事を聞いて呆れ顔になっていた。 「おいおい、なんだか心ここにあらずだな。ぼーっとして船を沈めるなよ?昔そういう漕ぎ手がいたんだから」 「ああ……うん、気をつけるよ。えっと、なんだって?」 「花だよ、花。"庭師"がみんなに聞いて回ってる。どんな花が必要かって」 「ああ……そうだよね。花……どうしようかな。なんか色が明るいやつがいいかな」 「お前はいつになっても花の種類を覚えないよなぁ。よし、俺が伝えてきてやるよ。とびきり派手なやつを!」 「う、うん、ありがとう」 ーー花のことなんてよくわからない  ヴァンがまともに区別できるのは梅の花とひまわりの花くらいだ。シークレットガーデンに常に数えきれないほどの種類の花が咲いていて、その一つ一つに名前があるということは分かっているが、肝心の名前はちっとも覚えられなかった。  時折、春雨が目についた花の名前を教えてくれることもあったが、ヴァンにしてみれば「赤い花」「黄色い花」と覚えるのが精一杯。 ーーなんで「綺麗」だけでは駄目なんだろう……

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