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漕ぎ手のヴァン03
「ああ!春雨そんなところに!!」
ふいに、海岸の上の崖から声が降ってきた。半ば金切り声とも言えるその声は春雨の付き人のものだった。春雨は付き人の存在に気がつくと一瞬顔をしかめたが、すぐににっこり笑ってヴァンに言う。
「付き人というより、あれではまるで見張りですよね」
崖の上からは付き人の「聞こえてるぞー!」という不満げな声が聞こえてきたが、春雨は気にしていないようだった。むしろ、大きな声でわざとらしく言った。
「こう付きまとわれたんじゃ、おちおち海も見られませんよ」
そんな春雨の様子を見てヴァンはくすくす笑いながら春雨をなだめた。
「春雨がすぐにいなくなるからだよ。ほら、シャワーを浴びて着替えてきな。まだ昨夜の化粧が残ってる」
海の水と潮風のせいですっかり皮が分厚くなった指で、ヴァンは春雨の目尻に残る紅をこすった。痛そうに顔を背けた春雨は、間もなく崖から海岸へ降りてきた付き人に腕を掴まれ、彼の住居であり仕事場でもある梅の館へと帰っていった。
あとに残されたヴァンは春雨がまとっていた白檀の香りに顔をしかめながら、春雨に選ばれなかったシーグラスたちをポケットに詰め、再び砂浜に腰を下ろす。
麻で編んだサンダルを脱ぎ捨て、波うちぎわギリギリに足を放り出して凪いだ海を見つめていると、つい3年前まで暮らしていた外の世界を思い出してしまう。
それまでヴァンが生きてきた世界とは何もかも違うこの“シークレットガーデン”と呼ばれる場所で過ごす毎日に、最近ようやく慣れてきた。
島に来た当時は、凪いだように見えるこの海が、ある程度島から離れると途端に霧に包まれて波が荒立ち始めるということに驚いていたが、今はもうそれすら日常の一場面だ。
ヴァンが波が足の下の砂をさらっていくのをぼーっと眺めていると、いきなり肩に手が置かれ、ヴァンが振り返るよりも先に低い声が耳元に飛び込んできた。
「よう、ヴァン」
「う、うわあ!?」
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