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漕ぎ手のヴァン09

「まあ、たしかに景色に変わり映えはないよね……」 「でも海の上は初めてです。案外静かなんですね」 「こういう波の日は特にね。考え事をするにはぴったりだよ。この島に来てから難しいことばかり起きるし……」 春雨は意外そうに瞬きをした。 「変わった意見ですね」 「え?」 「外から来た人はみんな逆のことを言うじゃないですか。シークレットガーデンは何も考えなくていい"楽園"だって。この島に来てから考えごとなんてしているのはヴァンくらいですよ」 「そうかな……」 「いいんじゃないですか。ヴァンが物事を考えられるなんて知りませんでしたけど」 「またそういう意地悪を言って……。俺だって考え事をすることくらいあるよ」 「ふーん。例えば?」 「それは……外の世界のこととか、このシークレットガーデンのこととか、いろいろだよ」 「ねえ、外の世界はどんなところでしたか?」  春雨はヴァンの服の腰帯を猫じゃらしのように弄びながら、興味があるのかないのかわからないような声色で言う。 ヴァンは少し考えてから答えを紡ぎ出す。 「悪いところではないと思う。俺の暮らしていたところはシークレットガーデンほど治安がいいところではなかったし、豊かでもなかったけどね。それでも悪いことばかりじゃなかった」 「どんなところに住んでいたんです?」 「貧しい人たちが集まる街だよ。ごちゃごちゃしていて、埃っぽくて、いつも()えた臭いがしてた。俺はそんな街の線路の下のアパートに住んでたんだ」 「線路?」 「電車っていう大きな乗り物が走る金属製の道路のこと。その金属製の道路が橋の上に敷かれているところがあって、俺はその橋の下のアパートに住んでたんだよ。仲間たちとね」 「仲間?」 「郵便配達人をしていたから、その仲間だよ。自分の給料だけでは部屋が借りられないからね」 「郵便配達って手紙を運ぶ仕事?……ふふっ、外の世界でも運ぶ仕事をしていたんですね」 「そう言われてみればそうだね。考えたこともなかった」

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