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漕ぎ手のヴァン11
「ヴァン、約束ですよ」
「う、うん。約束するよ」
ヴァンから言質をとったことがよほど嬉しかったのか、春雨はにんまりと笑って再び手を海に浸した。
桟橋の近くを行ったり来たりする短い船旅を終え、ヴァンは船を戻した。春雨はすっかり満ようで、白い頬はうっすらと紅潮し、いつになく健康そうに見えた。
「楽しかった?」
ヴァンが尋ねると、春雨は小さく咳払いをしてぶっきらぼうに答える。
「ええ、まあね」
素直に楽しかったといえばいいものの、春雨はそんなに真っ直ぐな性根をしていない。ヴァンにはそれがよくわかっていたので、春雨の「まあね」が「とても楽しかった」を意味するとすぐに変換できた。
そして友達を喜ばせることができたということが嬉しくて、目を細めて言った。
「よかった。また今度、いい風の日に乗せるよ」
「ええ。いい気分転換になりました。お礼に何か欲しいものはありますか?」
「え、お礼!?そんなものいらないよ!船に乗せただけだし、欲しいものなんて何もないよ」
事実、ヴァンに欲しいものはなかった。シークレットガーデンでは男娼であれ他の仕事をしている者であれ、望んだものは概ね手に入る。
宝石が欲しいと言えば宝石が与えられるし、珍しい動物が欲しいといえば動物が与えられた。
ましてや、ヴァンは特に物欲に欠けている。南国の甘いフルーツをかじりながら、海岸で拾った漂着物で部屋を飾り付けているときが一番幸せだったし、それ以上は望まなかった。
春雨は無欲なヴァンをどう満足させたものかと考え、やがてわざとらしく「ああ、そうだ」と声をあげた。
「それじゃあ、僕のこの体でお礼をしましょうか?」
一歩近づき、体と体が触れそうで触れないところでピタリと動きを止め、上目遣いで相手の目を見つめる。下から見上げる甘えたような目つきは、男娼の得意技だ。
この視線だけで、多くの男たちが金を落とす。
春雨はヴァンの胸に手を置いて、その手をゆっくりと体に這わせた。
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