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漕ぎ手のヴァン16

 客はジャケットのポケットから紙幣を取り出し、ヴァンに差し出した。チップのつもりなのだろう。ヴァンは慌てて断る。 「いいえ、お気持ちだけで。その分、男娼たちにあげてください」 「そう言わず、とっておいてくれ」  客は笑ってヴァンにチップを渡し、天蓋の中へと戻っていった。  シークレットガーデンを訪れることが許されるのは、楼主の目に適った者たちだけというルールがある。そのため、無礼を働く者はまずいない。 船の中で男娼を貶めるような軽口を叩く客はいたが、漕ぎ手にも丁寧に振る舞うし、金払いもよかった。男娼に暴力を振るうようなこともなく、外の世界で女や男を買う者たちに比べればずっと質がいい。 そのためか、シークレットガーデンには色を売る街特有の悲壮感がまるでなかった。  船は間も無く桟橋に着き、客はたちはわらわらと船を降りていく。 客たちの目にまず飛び込んできたのは、夜の空の一部のような濃紫色の衣装を身にまとったゲートキーパーたちだった。彼らは恭しくお辞儀をしてかから、歌うような調子で口上を述べる。 「ようこそ、シークレットガーデンへ!花園は今夜も花で溢れ、皆様に手折られるのを待っています。どなた様も、どうぞこちらへ。夢の花園へご案内いたしましょう」  するとどこからともなく男娼の付き人たちが現れ、客の一人一人に付き添い、それぞれの館に向けて客を導く。 館の特徴が色濃く表れた服を見にまとった付き人たちに、客は夢でも見ているような心持ちで夢遊病者のようにふらふらと付いていくことしかできないようだ。 「なんて幻想的な……島全体が光っているようだ」 「この香りは一体なんだろう?なんて芳しい……」 「この世のものとは思えない……これは僕の夢じゃないんだろうか?」  そんな囁き声が付き人たちに伴われて遠くなっていくのを見送りながら、漕ぎ手たちは一仕事終えて安堵のため息を漏らした。

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