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第11話「想い」

2週間は目まぐるしく過ぎて行った。 大学で使い慣れたと思っていたパソコンのソフトでも、実際に仕事で使うとなると勝手が違っていたりと、2人は互いに助け合いながら与えられた仕事をこなしていった。 簡単な案件の事務所の図面を描いたり、クライアントの想いに沿った家具探しをしたり。 3Dの立ち上げも行い、インターンとしては精一杯の働きを見せていた。 「やってるか?」 たまに社長が2人の使っている小会議室1に訪れると、流石にビクッとした。 まだまだ社会に出ていない2人からすれば、働いた事のない企業の「社長」と言うのは芸能人のようなもので、会って話すと言うのが何だか不思議な感覚がしたのだ。 アイドルの握手会のような。 雲の上の人と言うか。 実際には会社の社長なんてそんなに遠い人間ではなく、ただ2人よりも先に生まれ、長く生きていて、積み重ねた経験がありコミュニティが広いと言うだけなのだが。 プロジェクト・イノベーションは全体的に気さくな会社で、2人が困ったときに檜山がいなくても大体誰かが助けに来てくれた。 社員全体が2人にだいぶ注目しており、やたらとお菓子や飲み物を差し入れに会議室を訪れてくれていたのが良かったのかもしれない。 女性社員の場合はその目的の殆どが藤崎と話す為だったが。 「2人って彼女いるの?」 そうして最終日の前日に、檜山からとうとうそんな質問が来た。 昼食を取りに会社の外に出ていたときだ。 「いますよ。俺も藤崎も」 練習通り、義人はラーメンの麺を箸ですくい、口元まで持って来たところで止めて、ひと言そう言った。 冷静に、当たり前、と言う顔をしているが、正直心臓はバックバクの爆発寸前で、ラーメンの熱さは関係なく手汗が滲んでいる。 ズルルッ、と麺を啜った。 (怪しまれたのかな、ゲイなんじゃって、、) ソースや味噌味と言った濃い味があまり好きではない義人はさっぱりした塩チャーシュー麺で、隣に座って黙っている藤崎は醤油チャーシュー麺だ。 「え!そうなの?あちゃー、さっき若い女の子達が連絡先聞きたいとか飲みに行きたいってはしゃいでたのに」 「あはは、すみません。そう言うのナシだよって彼女に釘刺されて来てるんです」 「そうなの?結構厳しい彼女達だなあ」 向かいの席について味噌野菜ラーメンを食べている檜山はケラケラと笑ったが、ちょうど麺を飲み込み終わった藤崎が口を開き、サラリと言い放った。 「不安にさせたくないので、約束は守ります」 「っ、」 わざとらしく右手で水の入ったコップを取る彼の左手がテーブルの下に下がる。 右隣にいる藤崎の手がスル、と太ももを撫でたので、義人は身体が跳ねそうになったが何とか堪えて「ふーん」と言う何気ない表情を保ち、誤魔化すように麺をすくって音を立てて啜って食べた。 (分かっとるわ、、!!) 藤崎が浮気しないなんて事は、充分過ぎる程理解できている。 義人はまた麺を啜りながら、檜山が水のお代わりを頼んでいてこちらを見ていない事を確認すると、藤崎をジロリと睨んだ。 最終日前日という事で、その日は定時で家に帰された。 流石に2週間も緊張する環境にいるからか2人は疲れていて、久しぶりに米だけ炊いておにぎりを作り、後は藤崎がパパッとだし巻き玉子とウィンナーを焼いて、まるで朝食のような簡単な夕飯にした。 「お前のおにぎりデカい」 「佐藤くんのは三角が下手」 「え」 からかっただけで、同棲が始まったときよりも義人のおにぎりは成長していて、随分綺麗な均等な辺を持った三角形をしている。 お互いがにぎったものを食べると言うのが2人の恒例行事で、藤崎が作ったものは義人が、義人が作ったものは藤崎が、それぞれ手に持ってもぐ、と齧り付いた。 どちらにしろ男の手で作っている為、やはり大きめだ。 「不安になった?」 「え?何が?」 「この2週間で、俺が職場って環境に行ったらって想定してみて」 「え、、あー」 義人は少し悩んだ。 ウィンナーを口に入れたばかりで上手く喋れずちょっと待ってほしいと言うのもある。 このインターンは、自分達の就職先としても充分あり得る会社に行き自分達の売り込みをするのと、ここでインターンをしたと言う実績を作る目的もある。 そして、実際の業務を学んで社会に出る準備と想定もする。 義人と藤崎は故意的に同じ会社に行く気はない。 仲良しごっこには興味がなく、ゼミを選んだときと同様、どうせなら自分が行きたい会社に行くと決めていた。 それがかぶっても、別々になっても気にはしない。 条件としては都内かその近辺にある会社と言うのはあったが、それ以外はお互いの自由だ。 離れ離れになるのだけは嫌だとお互いに思った結果だ。 「んー、、」 「んー?」 2人はこのインターンで、他の職場に行った場合の恋人の仕事風景を何も言わずとも何となく想像し合っていた。 藤崎から見た義人は真面目そのもので誰に対しても穏やかで愛想良く、男性にも女性にもボディタッチ多めで話し掛けられたりからかわれたりしていた。 やたらと人好きする彼から予想できていた可愛がられようだったが、やはりあまり面白くはない。 特に女性の近さが苛立った。 大体にして義人と言う人間は、何というか、敷居が低いのだ。 拒絶がない。 「誰でもおいで〜!」と門を開け放っているように見えてしまう。 一方で、義人から見た藤崎は愛想良く礼儀正しさはあるものの、やはり距離感を厳しく取り締まっているように見えた。 特に女性だ。 檜山やたまに話し掛けに来てくれた男性社員に対しては、好きな小説の話しや最近見た映画の話し等で盛り上がり、昼休みに外の店に一緒に食べに行こうと誘われたりしていたが、やはり警戒心が高く少しでもそう言う気持ちを持っていそうな女性社員が近づこうとするとスッと上手い具合にその場から離れていた。 勘が良すぎる。 それが多分、周りには少し無愛想に可愛げなく見えただろうと思った。 「不安、にはなってないけど、、やっぱモテるな〜、とは」 だし巻き玉子を口に入れる。 ジュワッと汁が出て来て美味い。 「んー、そっか。俺は佐藤くんて人懐こいな〜とか、こんな愛想いいのに何で俺には初めの頃冷たかったのかな〜?とか」 「それは仕方ないだろ!!」 「何で?」 「エッ」 からかいなのだが、義人はボンッと音が出そうな勢いで顔を真っ赤に染めた。 藤崎が言っているのは大学入学当時に義人から冷たくされていたと言う話しだ。 「だ、だって、」 だって仕方ないだろう。 藤崎は彼の気を引く為にわざと馬鹿にして来たり、そうかと思えば驚く程距離を詰めて優しくしたりと、彼からすれば頭が追い付かないほどに自分を翻弄して来たのだから。 ムカついて、困惑して、戸惑って、ぎこちない態度になっても仕方がなかった。 強がって跳ね除けるくらいに、ずっと藤崎にドキドキさせられていたのだ。 「だって、あれは、」 「うん」 「、、いや、いやいやいやいや!!乗せられねえぞ!!本当はどう思ったんだよ!こんな質問してくるってことは不安になったのか!?」 危うく「はじめての恋でどう接したらいいか分からなかった」等と口走らされそうになった。 実際、藤崎はそう言った答えを期待していた。 今のは誘導尋問だ。 全てを察して、甘ったるい雰囲気から急に我に返った義人はブンブンと頭を横に振り、ギュッと気を引き締めて聞き返す。 明らかに「チッ」と言う顔をした藤崎に手を伸ばし、両の頬っぺたを思い切りつねった。 「本当はどう思ったんだよ。ふざけてないで言えよ」 「痛い痛い痛い、ごめんってば」 謝罪が聞こえてパッと手を離す。 藤崎の頬は柔らかくて良く伸びるので、義人はたまにこうして引っ張って遊んでいた。 「んんー、不安まではいってないと言うか」 「ハッキリ言え」 「んー、はい、んー、、もうちょっと、女の子のボディタッチ避けて欲しい、かなあ」 へら、と弱ったような笑みが見えた。

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