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第15話「おこ」

ベッドでもう一戦交えた後、シャワーを浴び直してベッドに戻ると、時刻は午前0時半を既に回っていた。 「明日起きれるかな」 寝不足と言うものが異常に苦手で、時間ギリギリまで眠らないと気が済まないタチである義人は不安そうな声を漏らした。 戸締りを確認してきた藤崎がギシギシとベッドを軋ませながら寝の体勢に入る。 「起こすよ」 藤崎が義人を見下ろして笑いかけた。 「んん、ごめん」 「謝んないでよ。めいっぱいセックスしたの俺なんだから」 彼の謝り癖を治す事に尽力しているのだが、義人はこれがなかなか治らない。 藤崎はTシャツを脱いで義人の隣に寝転がり、彼のかぶっているタオルケットを半分もらうと腹にだけかけた。 一方で、義人は身体を包み込んでもぐっている。 「佐藤くんがミノムシじゃないときってないよね」 「え?むし?」 「ミノムシ。絶対布団にくるまって寝るじゃん。俺暑くてできないよ」 「お前暑がりだもんなあ。俺は寒がりだから、あとこうしてないと落ち着かない」 「俺で包んであげよっか」 「やめろそれは暑い」 腕を広げて抱きしめてこようとした彼の顔をグイグイと押すが、力負けしてそのまま義人は藤崎の腕にスポッとはまる。 布団の中で抱き締められるのは、この時期は流石に暑かった。 見かねた藤崎が唯一寝室にあるエアコンの電源を入れて、3時間後に止まるようタイマーをセットする。 「これで暑くないよ」 「んー、、」 喘ぎ過ぎた義人は、ずっと動いてくれていた藤崎よりも疲れ切っていた。 眠そうな声で彼に返事を返して、フッと目を閉じ、唇に温かいものが触れた感覚でほんの少し微笑み、そのまま眠りに落ちていった。 翌日、インターンの最終日。 朝礼で今日が最後だと言う挨拶を終えると、その日の仕事終わりに打ち上げをしようと誰かが言って、檜山が賛同してしまい、2人は明らかに嫌そうな顔をしていたのだが社会人達との飲み会に参加する事になった。 「一次会で帰ろうね、、」 「どこ見てんの、藤崎」 午前中からずっと遠い目をしていた藤崎にとうとう義人が突っ込んだのはその日の昼食のときで、檜山は定時で上がる為に昼休み返上で溜まっていた仕事をこなさなければならず、2人だけで会社近くのバーガー屋に来ていた。 「おーい、大丈夫か」 「一次会で帰ろう、、」 「分かった分かった。帰るよ。どうせ俺飲めないし」 全く飲めないと言う訳ではなく、サワー4杯くらいは飲める。 けれど、元から酔っ払ったときの身体の重さや怠さが好きではなく、義人はよっぽど気を遣わなくて済む近しい友人達といるときでないと飲まないのだ。 彼の返答に肩から力を抜くと、藤崎はにこ、といつも通りの胡散臭いイケメンな笑みを浮かべて、クリームチーズの挟まったバーガーに齧り付く。 何とも満足そうだ。 「まあ何となくいづらそうだしな。檜山さん以外とはちょっとしか喋ってないし」 「男の人達は優しかったけど、問題は女性の社員さん達だなあ」 藤崎が悩ましく言うのは珍しい。 言い寄ってくる女なんていつもは全く気にせず、本当にテキトーにあしらってしまうからだ。 「何で。テキトーに流してんじゃんいつも。あ、もしかして俺のこと?大丈夫だよ、お前を見習って、こう、パパーっと流すから」 昨夜の事もあり、義人はもう「任せろ!」と言う顔で身振り手振りでどうやって迫って来る女性を流していくのかを藤崎に見せている。 藤崎はクスクスと小さく笑ってから、義人に「あったかいうちに食べたら?」と彼の目の前に置かれたバーガーを指差して進め、落ち着かせた。 「心配してないよ。昨日も言ったけど、ちゃんと距離取ってくれてるのは知ってるし。俺だって避けられないボディタッチあるから、そう言うのには妬かない。可哀想とは思う」 「なんだ。何か今日はヤキモチ妬きじゃないな」 言っている事が昨日と違うような気がする。 「ああ、何か昨日ゆっくりセックスしたら、変な危機感なくなったの。流石だよね。愛の力」 「、、は?」 その一言に、義人は齧りつこうとしていたバーガーに対して大きく口を開けている状態で固まり、数秒を経てやっと「は?」と声を漏らした。 彼の腰はまだ昨日の行為のせいで少し痛み、重いままだ。 「愛は偉大だなあ」 「違うだろ、おい」 バーガーを皿に戻してから、自分のバーガーと同じプレートに乗っているポテトをつまみながら遠い目をしている藤崎の方を向く。 昨日散々そう言った行為をしたのも、今までの時間も、まさか全部身体で繋がっていたとでも言いたいのか。 不安そうだった昨日の彼の表情を思い出しながら、義人は段々と腹立たしくなってきた。 その言い方ではまるで、セックスしないと愛を感じられない的な意味になるだろう、と。 「してなかったから不安になったの?俺たちは心で繋がれてないってか?身体だけなんか?あ?」 「違うよ。信用してるよ。そうじゃなくて、俺が4日も我慢してるのに何でよく知りもしない女の子が人前で堂々と俺の佐藤くんに触ってんのかなあ、って思って荒れてたの。最近」 「え、あ、そういうこと。じゃなくて何だよそれ。ヤらない日作れないじゃん。めんど!」 里音の一件ももちろん影響していたのだろうが、藤崎はどうやら欲求不満が良からぬ方向に爆発した結果、変な嫉妬を義人の周りの女性に抱いていたようだ。 ここのところ余裕のない藤崎にやっと甘えてくれたなあ、と思いつつ少し不安を感じていた義人は、昨夜のセックスのおかげでバリバリにメンタルを回復した恋人を見ながら表情を歪めた。 (絶対に俺は50過ぎたらケツの穴がガバガバになってしまうんだ、、最悪だ、、こんな男と付き合ったばかりに、、) そして心の中で大袈裟に、性欲大魔神と付き合ってしまった事を悔やんだ。 「毎日セックスするしかないねえ?嫉妬される義人が困るもんねえ?俺も困るし」 「自分をコントロールしろよ!」 「あっはっはっはっ」 「おい!」 毎日セックスは、どの道避けられそうにない。 藤崎を選んだ自分にも責任はあるのだ、と腹を括り、ため息をつきながら、話しを聞こうともせず呑気に笑い飛ばしている彼から視線を外してやっと自分のハンバーガーに齧り付いた。 藤崎が頼んだハンバーガーはクリームチーズバーガーで、その名の通りクリームチーズとトマト、レタス、パテがはさまっている。 義人が今齧り付いたのはただのハンバーガーで、藤崎のものとは違い、スライスチーズとタマネギ、レタス、パテがはさんである。 「ん?じゃあ結局何が嫌なの?」 自分についても不安がないなら、藤崎は一体何を嫌がっているのか。 義人はキョトンとして彼の方へ視線を投げつつ、口の中にじゅわりと肉汁が広がり、チーズの香ばしさが押し寄せてくるのを味わっている。 「ただ単にうるさいのも嫌だし、最後だから連絡先聞かれそうだなーって。何回かそう言う話題振ってくる人いたし。避けてたけど」 「防御力と危機回避能力高いよなあ、藤崎」 「危機回避じゃなくて面倒事回避ね」 ハンバーガーの乗っていた深い紺色の皿に一緒に乗っているポテトをつまみ、サクサクと食べていく。 「ついてるよ」と横から声がしたかと思えば、藤崎の指先が義人の口の端を拭った。 ハンバーガーのソースがついていたらしい。 「こういうときって連絡先書いた紙だけでも渡そうとしてくる人とかいるじゃん。ああ、あと写真送るから連絡先教えて?のパターンとかさ」 「藤崎はあれだな。イケメン過ぎて苦労してるから、女の子に対して偏見出てきちゃってるよな」 「あー、それは最近思う。差別になる前に直したい。でも実際問題、しつこい人は多いからなあ」 自慢でも嫌味でも煽りでもない。 藤崎の隣にいたこの2年と少しで、義人はいかにして藤崎がここまで女性を警戒するようになったかを良く知っている。 何だかんだ文句を付けて手作りお菓子を押し付けられ、一応食べようとしたのだが、包丁でケーキを割った瞬間に断面から髪の毛が大量に出て来たり、藤崎の盗撮写真ばかりを載せたSNSを見つけてしまったり、全く絡んでいなかった先輩のSNSで彼氏として登場させられていたりと、度が過ぎた暴走アプローチも多かった。 知り合ってきちんと段階を踏んで仲良くなり、下心さえなければ、藤崎と言う人間と仲良くする事はさほど難しくはない。 ただ、芸能人でも彼の隣では見劣りするだろうと言う程に顔が良く、入山と遠藤は置いておいたとして彼の周りにいる女性が、普段は物腰柔らかく親切な彼を好きにならないと言うのが難しいのだ。 「しつこいに関してはお前が言うな」 義人は入学当時、藤崎に散々しつこくされた記憶が蘇り、笑いながらそう言った。 実際問題付き合う前、藤崎は確かに彼にしつこく付き纏い、どうしても付き合いたくて何度もアプローチしていた。 今となってはそれは懐かしく、あれがあったからこそ今があるのだが。 「あはは。本当だね。佐藤くんにはしつこくした自覚ある」 「今もだしな」 その言葉には藤崎はキョトンとした顔をした。 「え。セックスの話し?」 「っ、はあ!?違うそこじゃなくて!今だってお前、好きとか可愛いとかしょっちゅう言うだろってこと!」 「あ〜!でも本当のことだしなあ」 「あー、もういい、食えよ!」 「んふふ。可愛い。好きだよ」 何故か話しを振った義人が顔を真っ赤にして、1人、勝手に怒ってしまった。

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