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第16話「彼女」

「じゃー、乾杯の挨拶、佐藤!」 「えっ」 檜山の振りに困惑しつつ、義人は一杯だけは付き合いで飲もうと注文したレモンサワーを持って、促されるままに立ち上がった。 無論、隣には藤崎がいる。 定時上がりで集合した社員は7名で、義人達を入れて9人で一次会が始まった。 場所は会社から少し歩いて原宿の方に入った2階建ての居酒屋で、2階の奥にある10人掛けのテーブルに通されている。 真っ白な壁に囲まれた、居酒屋と言っても洒落た内装の店で、10人掛けのテーブルも大きな木を切り出して作られており、椅子も木製。 白と木目でまとめられた、女性の好きそうな綺麗な店だった。 午後18時半過ぎの店内には義人達の他にカップル客や大学生かと言う数人の男女のグループなどがいる。 「えーと、2週間本当にお世話になりました。至らぬ点も多々あったと思いますが、檜山さんも他の皆さんも優しくして下さって、僕も藤崎も本当に楽しく、勉強になった2週間でした。ありがとうございました。えーと、かんぱーい」 「かんぱーいッ!」 檜山が義人の隣で大声を出し、店内の客達は一瞬、騒がしくなったプロジェクト・イノベーションチームに視線を集めた。 頼んだ料理が届き始めたのは20分程経ってからで、大皿に盛られたハーブのかかった唐揚げや、トマトやボンゴレのパスタ、生ハムの乗ったサラダ等が、10人掛けテーブルの広い天板を埋め尽くしていく。 「あ、こっちの唐揚げ美味い」 「どっち?」 「これ、右の」 外食で義人が「美味い」と言ったものを片っ端から頭のメモに書き留めて、後日家で味を再現して出してくれる藤崎に甘え、義人は自分が気に入ったものは何でも藤崎に教えるようにしていた。 義人とは比べ物にならない程に偏食がひどく好き嫌いのある藤崎だが、彼が「美味い」と言ったものは大体嫌がらずに食べる。 今も2種類ある違うハーブのかかった唐揚げの皿から、義人が気に入った方の唐揚げを自分の皿に取った。 「ん、美味い」 「な。こっちのやつはちょっと匂いがダメだった」 「佐藤くんがダメなら俺絶対ダメだね」 「お前ってさあ、よくそれであのレストランの息子務まったね」 「あはは、確かに」 藤崎は「イタリア食堂」と言うレストランの息子である。 1年前に彼の両親への挨拶を済ませている義人もよく連れて行ってもらう外食先の1つでもあり、藤崎の両親が経営し、料理もしているレストランだ。 「えっ、2人とも彼女いるの?」 何の突拍子もなかったが、義人の右隣にいた檜山にそんな話しを聞いたらしい向かい側の席にいる女性が、唐揚げが美味いと盛り上がっている2人の会話へ割り込んできた。 (あ、、) 彼女は確か、須崎と言った。 インターン初日に朝礼で藤崎が挨拶した後、何やら嬉しそうにもう1人の高山と言う女性社員と話して笑っていた、今年入ったばかりの新入社員だ。 今も隣にはもう1人の新入社員である高山がいて、2人して藤崎の顔を見ている。 (あからさまだな) 初日からたびたび藤崎に話しかけに小会議室1に通っていた2人で、義人は気にしていなかったが藤崎が言う「しつこい人」の枠に入りそうな女性達だ。 「いますよ」 藤崎は涼しい顔をして答える。 「えー!絶対どっちの彼女も美人だよねー!写真ないの?」 「ありますけど、お見せするのはちょっと」 「えー、見たいなあ。だめっ?」 「すみません」 あはは、と言って藤崎は誤魔化しつつ、須崎のお願いを断った。 あまりにもしつこい場合は藤崎は里音か遠藤の、義人は入山の写真を見せて誤魔化そうと話し合ってはいるが、できればその手は使いたくない。 友人の写真を勝手に使うのは悪いように思えたし、何より話しが面倒になりそうだったからだ。 その後は他愛のない会話で盛り上がりつつ、たまに恋愛の話しが入った。 須崎は入社と共に2年付き合っていた恋人と別れ、高山の方は1年程恋人がいないらしい。 どちらも今は塗ったような黒髪をしているが、小綺麗にしているし細い指の爪を飾るネイルが可愛らしい。 (それなりに遊んできた系の人達だなあ) よく「量産型女子」「茶色のウィングチップ入り3センチヒール女」等と美大生が馬鹿にしている、一般の大学に通っていた流行りものに目がない2人組と言う感じがする。 美大生のように奇抜で目立てばいい、個性を貫きたい、人と同じが嫌、と言う考えも確かに頷けるが、ウィングチップの散りばめられた茶色のヒールブーツは何がいけなかったのか、義人にはよく分からなかった。 ただ、たまにクラスの女の子達が「アレはダサいのに何故流行るのか」と議論していたのを覚えている。 そんな事を思い出すくらいには、彼女達2人はまさに「男ウケ」を狙った感じがあった。 「藤崎くんの彼女ってどんな子?」 須崎のしつこさに嫌気がさしてきたのか、藤崎は「あー、」と少し面倒そうな声を漏らして、すぐさま完璧な作り笑顔で彼女の方を向く。 「人好きしますねー、男も女もたらし込むので、目を光らせとかないとつけ込まれそうで大変です。めちゃくちゃ性格いいので」 「顔は?芸能人だと誰に似てる?」 「んー、いないですね、似てる人」 「えー、、可愛い系?美人系?」 「どちらも当てはまるかなあ、と思います」 「え、もう、すっごいじゃん。絶対可愛い。あー、見たかったなあ」 須崎の質問に、藤崎は頭の中で義人を想像しながら答えていった。 当の本人は自分の事ではなく想像の彼女の話しだろうと思っていて、藤崎とは逆隣にいる檜山と就職について話しているようだ。 須崎と高山は何とか藤崎から彼の彼女の話を聞き出して、彼の好みを探り、付け入る隙がないかを伺っている。 「同級生?」 「はい。1年からクラスが同じで。佐藤くんとも仲がいいんです」 「あー、そうなんだあ」 「2人って一緒に住んでるのホント?彼女さんに文句言われない?」 これは高山からの質問だった。 どうにも須崎が藤崎を狙っていて、高山はそれを応援、後押しする役にいるらしい。 「彼女と付き合う前に佐藤くんとルームシェアし始めたので特には。気にせず遊びに来ますし、佐藤くんの彼女も入れて4人で遊ぶことが多いので」 「えー、私だったら嫌だなあ。2人っきりになりたいもん」 「わかる、私も〜」 2人に意見を聞いたわけではないのだが、何故「私だったら嫌だなあ」と言われなければならないのか藤崎は疑問だった。 この先、大学を卒業してからはしばらくこんな風に、つけいる、彼女を蹴落とす、自分の方がいいアピールと言った、面倒なやり取りが増えるのかも知れない。 テキトーに笑って誤魔化すと、義人に合わせて一杯だけ頼んだレモンサワーを飲んだ。 ジョッキの中には冷凍されたレモンの輪切りが何枚も入っている。 「藤崎」 「ん?」 「あの人なんだっけ、2年の最後の授業でさ、影山教授の授業取ったときにゲストで来た、あのー、めっちゃ瓶底眼鏡だったひと」 「え、誰だっけ。いたっけそんな人」 会話が終わったのを見計らって話題を振ってきた義人の方を向き、何か言いかけた須崎を無視して、藤崎は義人と檜山の会話に参加した。

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