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第17話「学生」

檜山にだけは一次会で帰ると言う話しを事前にしていた。 「えー!行かないのお?」 「須崎諦めろ〜」 「先輩〜!連れて行きましょうよお!」 一次会を締める事になり、義人と藤崎は肩の荷が降りたように思えていた。 檜山とその他の男性社員は面倒見も気前も良く、全員で割って払っておくからと2人の会費と新入社員の会費は取らなかった。 須崎と高山は義人と藤崎が二次会に来ない事に関して納得がいかなかったのか、寂しそうなぶりっ子声で文句を垂れている。 結局途中から駆けつけた3人を入れて、一次会は12人が参加していた。 10人掛けのテーブルの誕生日席がちょうど埋まって、ギリギリひとつのテーブルでやりくりできたと言った具合だ。 「ごめんなあ。あいつら学生気分抜けてなくて」 この男は、確か戸田と言った。 会社で社員全員が首から下げている社員パスにそう書かれていた気がする。 190近い身長なのか、藤崎よりも背が高く、ガッシリした体格の30代後半くらいの見た目の男性で、義人と藤崎を何かと助けてくれたり、趣味の映画の話しで盛り上がったりした人物だった。 「あはは。大丈夫です」 檜山を筆頭に会計作業をしている中、藤崎の隣に座っていた戸田は向かい側の席で騒ぐ須崎と高山を見ながらため息をつく。 藤崎が気遣うように返事を返すと、フッと髭面で笑ってくれた。 「もしよかったら本当にうちに就職考えてみてくれよ。2人がいるときと同じで雰囲気はこのままだから。まあ、繁忙期は遅くまで残業とかザラだけどね」 「あ、はい。是非。ありがとうございます」 「あ、名刺渡しておこうか。俺けっこうこの業界の知り合い多いから、うちじゃなくても行ってみたい会社があったら、言ってくれればそこの社員紹介できるかもしれん」 「え、本当ですか」 「うん。大手だとI and Dとか、フルタとか。まあいいや、4年になって、気になったら連絡して来な。はい、名刺。電話、いつでもいいよ」 「ありがとうございます」 「佐藤くんもこれ、気にしないから4年になってからでもかけてきて。ちょっと端っこ折れてて悪いけど」 「え、すみません。ありがとうございます!」 戸田は兄貴肌なのだろう。 財布から出した端っこが少しだけ三角に折れた自分の名刺を2人に渡してくれた。 「よーし、会計終わったから外出ましょう!」 床にしゃがんで会計をしてくれていた店員が立ち上がると、檜山がそう言いながら手を叩いて、全員に外に出ろと促した。 戸田からもらった名刺をそれぞれ一旦ノートに挟み、義人と藤崎も店を出る為にリュックを持ち上げる。 義人は空になった唐揚げの大皿を一瞬眺め、これは後日藤崎に家で作ってもらおうと口元を緩めた。 店の外に出た時刻は午後21時半を過ぎており、実に3時間は飲み食いしていた事になる。 義人も藤崎も腹はパンパンで、いまいち自分の胃の許容量を把握していない義人は完全に食べ過ぎていて苦しくなっていた。 「じゃあ二次会行く人は檜山さんについてく、行かない人は駅に向かうってことで。2人とも本当にお疲れ様でした!」 ニッと笑った戸田にそう言われて、2人はまた深く頭を下げる。 「本当にありがとうございました」 「ありがとうございました。お世話になりました」 「あと、ご馳走様でした」 「あ、そうだ、ご馳走でした!」 店の出入り口から少し離れた車通りのない道で、12人は輪になって話している。 「良かったら就職してくれ」と言う声が多数聞こえる中、トントン、と藤崎の肩が叩かれて、気を抜いていた彼は振り返ってしまった。 「、、はい」 「ちょっといい?ちょっとだから、こっちこっち」 「、、、」 ああ、またか。 藤崎が不機嫌になったときの独特の空気感を感じ、檜山に話しかけられていたのだがそれを無視して、義人はバッと隣を向いた。 「ありゃ?須崎もしかして告白タイム?」 「え、うわ、あいつマジか」 藤崎の肩を叩いた須崎は手を合わせて彼に頼み込み、話しの輪から外れて彼をひとつ向こうの街灯の下まで連れて行ってしまったのだ。 「、、、」 周りの大人達が口々に騒ぐ中、義人は黙って街灯の下の2つの人影を見つめた。 須崎の顔が藤崎に隠れて見えない分、背格好だけでも、それは映画やドラマのロマンチックなワンシーンのように見えてならない。 急に彼が遠くに感じた。 そしてそのせいか、義人の表情は凍ったように冷たくなってしまっていた。 「佐藤?」 「、、あ、はい」 隣から檜山の声がして、やっと義人は我に返る。 「須崎がんばっ」 「お前らなあ。大学生相手だぞ?」 「いいじゃないですかあ〜!」 「インターン受け入れてる会社の身にもなれよ。1番迷惑かかるのは責任者の檜山なんだぞ」 「何で好きな人に告白するのが迷惑なんですか?」 「だからあ、この子達は恋愛しにインターンに来てるわけじゃないんだよ」 高山の物言いに、呆れながらも戸田が「会社」や「社会と大学」、「大人と学生」について諭し始める。 けれどそれも無駄なようで、どうにも学生気分が抜けずに強気でいる高山が何か言い返しているのも聞こえた。 「ごめんな、佐藤」 「え、何でですか」 不意に謝って来たのは、義人の隣に立って街灯の下の藤崎と須崎を見ていた檜山だった。 言葉の意味が分からず首を傾げて彼を見上げると、檜山も向こうから視線を外し、隣にいる義人を真っ直ぐ見下ろした。 それはいつものちょっとワルそうな檜山のままなのだが、社会人と言うきちんとした大人の顔だった。 「こういうのはインターンに必要ないだろ。と言うか、少し考えなさ過ぎなんだあの子は。入社してからも何回か問題起こしててな。巻き込んでごめん。藤崎くんにも謝るから」 「あ、いえ、大丈夫ですよ。あいつこういうの慣れてるし」 嘘だ。 大丈夫ではない。 ストレスになるから、できる限りやめて欲しいし、できる事なら藤崎が彼女に呼ばれた時点で誰か止めに入って欲しかった。 (いや、俺が行くべきなんだ。俺が止めるべきなのに、付き合ってることも、言えばいいのに、) ただ単に、インターン生に目をつけて手を出す大人が悪いと言うのに、義人は真面目過ぎてついつい考えの度が過ぎ、そこまで辿り着いてしまう。 結局藤崎を守りたくて色々手を回し、知恵を絞っていても、彼を1番苦しめて助けないのは自分なのだと自らを責め始めてしまうのは、彼のいつもの癖だった。 「ごめん」と言う謝り癖は、彼の頭の中深く、本能に近い部分にまで埋め込まれてしまっていて、それはこんなところにまで「真面目」と言う形で芽を出している。 「佐藤くんは知ってるんだっけ?藤崎くんの彼女」 「え、」 振り向いた先には戸田がいた。 高山を論破したようで、ぶすくれた彼女は他の男性社員と何か話している。 「あ、、はい。友達なんで」 「ふうん。どんな子?」 「え、っと、」 戸田は義人にそう聞いてから、向こうの街灯の下へ視線を移した。 夏であってももう外は真っ暗で、湿気たっぷりの熱い空気がじとりと身体に纏わりついてくる。

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