18 / 136

第18話「魅力」

本当に告白をしているのか。 それとも連絡先だけでも聞き出そうと言うのか。 真夏の夜の中、煌々とアスファルトを照らす街灯の下で、男女ひとつずつの影が適当な距離感で向かい合っている。 戸田につられてそちらを向いた義人は、何を思ったのか切なげに目を細めた。 「あそこまでカッコいい子の彼女ってどんなか気になるんだよ〜、俺としては何人も侍らせててくれた方が、人間って感じがしていいんだけどなあ」 「何だそりゃ」 呆れた顔で檜山が戸田を眺める。 180ないくらいの身長の彼は、仕方なく戸田を見上げる形になった。 他の社員達も呆れながら須崎の帰りを待っており、ソワソワと向こうの街灯を眺めたり腕時計で時間を確認したりしている。 「だって格好いいのに彼女一筋で中身までいいなんて、勝てるところないじゃないですか」 「何で競ってんだお前」 口ぶりからすると、戸田は檜山よりも後輩のようだ。 見た目で言えば戸田の方がイカつく歳が上に見えるのだが、実は若作りなだけで檜山の方が歳上らしい。 何だろうか。 ちょいワルにしても爽やかだからだろうか。 話しを振られた義人は2人が話している様を見ながら黙って考え込んでいた。 藤崎の彼女について、何て答えたらいいのかが分からなかったのだ。 「、、、」 藤崎の彼女、恋人、つまりは自分の事だ。 もちろん過去に付き合っていた彼女の事は少しだけなら知っている。 自分と付き合う為に別れた弥生と言うモデルをしている女の子と、藤崎の行動で深く傷つけてしまったと言う名前も知らない彼の初めての彼女。 けれどその2人を知っていたところで、それ以外の彼女も知っていたところで、今話すべきはきっと彼女達の事ではない。 彼女達ではなく、するのならば自分の話しだ。 あれだけバレたくないと言っていたのに、義人はせめてこれだけは嘘をつくのをやめたいと思ってしまった。 「、、びっくりするぐらい、普通の子なんですよね」 義人は困ったように笑い、絞り出した答えを言った。 「え?」 「見た目も多分、あと中身も、普通って言うか。地味と言うか」 意外な答えに、他の社員と話していた筈の高山もくいついてきて側により、黄色い声で驚いてみせる。 「えー!意外!本人めっちゃ惚気てたけどね、さっき!」 嫌味のように聞こえるのは、自分がまったく相手をされず、グイグイとアプローチしていた須崎がとうとう告白に行って長い事話し込んでいるから当たり散らしているのだろう。 義人はその物言いにも苦笑いをした。 「あ、いや、えーと。実は俺の方がその子と付き合い長いので、そう見えてるだけかもしれないんですけど」 「はあ、そっかあ。俺はまた、モデルみたいな美脚でスタイルの良い、黒髪をこんなにして垂らしてるような子かなと思ったよ」 戸田が想像している黒髪を肩からサラリと胸まで垂らした「藤崎の彼女」はあながち間違いではない。 前に付き合っていた弥生と言うモデルは、確かそんな風な見た目をしていた気がする。 頑張って笑顔を作って、それ以上は何も言えなかった彼は「はあ、」と相槌だけ打っておき、再び2人のいる街灯の下へ振り返った。 (うわ、) 須崎が藤崎に何かを押し付けている。 連絡先を書いた紙か何かだろうか。 「あーあ、必死んなって」 「、、、」 「でもすごいよなあ、その彼女」 「はい、?」 檜山はもう呆れ返っていて、渡そうとしているものを藤崎に手で押し返されている須崎の遠く微かな「お願い」と言う声を聞きながら、ため息をつくようにそう言った。 義人は隣にいる彼を見上げ、首を傾げる。 「あんなに頑なに須崎の告白断らせるくらい好きなんだろ?あんなイケメン捕まえてあそこまでちゃんと絆してるってすごいよ」 檜山の視線に誘われて、義人はもう一度、ひとつ向こうの街灯の下を見つめた。 (あ) そしてその瞬間、いまだに押し付けられている須崎が手に持った何かを押し返しながらこちらを向いた藤崎と、遠いながらもバチンと目があった。 「義人」 と、呼ばれたような気がする。 「彼にしか分からない魅力があるってことなんだろうね、その子に」 檜山のその言葉は、何処か重たく義人の胸に入った。 「お、フラれたな!戻ってきた戻ってきた!」 「あちゃー、本当ですね。泣いとる」 「須崎〜!やだあ、可哀想」 可哀想と言いながらも高山の声はどこか嬉しそうだった。 須崎は小走りでこっちに近づいてきながらも、その間に何度も目元を手の甲で拭っていた。 「何だったの」 社会人達と別れた後、2人は駅に向かいながら少し遠回りして街中を歩いていた。 そうは言ってもこの時間だ。 飲食店でない店はもうほとんどが閉まっている。 「んー、何か、2週間の間に俺も須崎さんのこと気にしてくれてるんじゃないかって思ったんだって」 「はあ」 それはまた随分と幸せな思い込みだ。 「で、この後も連絡取り合いたいって言われて、彼女一筋なんですみませんって言ったら、絶対振り向かせるから連絡先だけでも教えてほしいってなって、それも断った」 「押し付けられてたのは?」 「名刺の裏に個人の連絡先書いたの渡されそうになった」 「んー」 こんな事はいつもの事で、義人は別段気にしない。 先程遠く感じた藤崎の存在も、今隣にいてこうして話せているからか、特に違和感はなくそばにいてくれてるなあと感じられていた。 「、、、」 たまに、藤崎が自分がよく知らない女性といるときに感じるあの「遠かった」と言う気持ちは何なのだろうか。 昨日あんなにセックスをしたのに。 今まで愛し合い続ける為に散々色んな話しをしてきた筈なのに。 どうしてまだ、たまに遠いと思ってしまうのだろう。 義人は自分のそう言った孤独の感じ方を、危険なように感じていた。

ともだちにシェアしよう!