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第20話「心配」

「マジでお願いします。お土産買ってくるんで、本当に、本当にお願いします」 《分かった分かった分かった!!ホントにうるさいなあアンタは!》 《楓さーん、近所迷惑〜》 《はーい、ごーめーんって》 携帯に入れている連絡用アプリと同じものをパソコンでダウンロードして開き、連絡先を同期して、藤崎は昼の12時前に入山に電話を掛けてひたすらに「お願いします」を繰り返していた。 7月31日、土曜日。 インターンが終わって飲み会に参加し、その後家に帰ってきた昨日の義人は、あろうことか藤崎に散々に抱き潰されてまだベッドの中だ。 午前3時頃まで好き勝手にしたので、藤崎の計算では午後13時過ぎに一度目覚めるだろうと思っている。 彼自身は11時少し前に起きていて、リビングのソファに腰掛け、コーヒーを飲みつつ通話していた。 《あんたのせいで和久井に怒られた!!》 「入山ちゃんリアクションでかいんだよ」 《あ!それ声デカいってこと!?気にしてんだからそういうの言わないでよテンション下がるなあっ》 パソコンの画面に映っている入山のしょげた顔に笑い、彼女の向こうで先程から動き回り、ちょこちょこと画面に入ってくる和久井に「何してんの?」と声を掛けた。 いつも大学から1番近い義人と藤崎の家に集まってしまうので、彼が入山の家の中を見るのはこらが初めてだった。 《んー、昨日喧嘩して散らかしたんだよね、楓さんのお部屋》 「楓さん」と和久井が彼女を呼ぶのは上機嫌でふざけている証拠だ。 屈んでいた彼が画面の奥で立ち上がると、手には小さめのゴミ袋が握られており、中には大量のペットボトルが詰まっていた。 どうやら昨夜喧嘩をして、空のペットボトルを2人で投げ合ったようだ。 「あちゃ〜」 《義人と藤崎って喧嘩しないの?出て行ってやるー!とかならない?》 「喧嘩はするけど出て行くとかは言わないかなあ。え、昨日の喧嘩はそこまで激しいやつだったの?」 藤崎は手前に映っている入山が後ろにいる和久井を振り返り、「言わなくていい」とジェスチャーして伝えている様をクスクスと笑いながら見ている。 《激しくないよ。俺達喧嘩すると毎回どっちかが出て行ってやる!って言ってる。恒例行事》 「やめなよそれ」 藤崎がビデオ通話をかけて話しているのは入山と和久井。 主に入山に対して、3日後の火曜日から始まる古畑ゼミのゼミ旅行中は義人を守ってほしいと言う電話を掛けているのだ。 先日から何度もしつこくお願いしているせいもあってか、画面の向こうの入山は顔を顰めてため息をつき、「過保護過ぎても嫌われるぞ」と藤崎を注意していた。 入山の家に昨日から泊まり込んでいたらしい和久井は、昨夜の喧嘩で散らかしてしまった床を掃除している最中で、藤崎と入山の会話を聞いてたまに笑ったりしている。 《まあアンタの気持ちも分かるけどねー。女の子ばっかだし、、あ、でもうちの代の男子のゼミ生って佐藤だけじゃないよ、確か。助け合える男友達ができるかもよ》 「え?いたっけ?」 注意すべきは女の子だけではないのだが、やはり強敵は女性陣であり、藤崎は彼女達に気を取られてしまっていた。 彼らしからぬ見逃しに笑いながら、入山はパソコンを置いているテーブルの上にあったゼミ旅行のレジュメに目を通してくれる。 《えっと、、えーとね。く、く、くら、倉石?だっけな。3年のときに編入してきたじゃん。光緒の行ってる大学から》 「覚えてない」 《ふはは。いるんだってば》 レジュメの文字を追っているのか、入山の目は見えない彼女の手元の先を見つめていて、視線が段々と下がって行く。 だが途中で、「あれ?」と首を傾げた。 《来ないみたい、倉石くん》 「え」 入山の手元にある「旅の心得」と題されたレジュメには名簿も載っているのだが、3年生の参加者の欄には「倉石」や、「倉」のつく名前の生徒はいなかった。 けれど確かに、造建の研究室の横にある掲示板に張り出された各ゼミのゼミ生が決定しました、と言う貼り紙には「倉石」と言う生徒の名前が古畑ゼミの欄にあった筈なのだ。 《んー、こう言うの来ない人なのかあ。人見知りする系か?まあ、ということは、ゼミ旅行に参加する男はアイツ1人だけか、、》 入山の独り言に、藤崎と和久井の頭には、愛想は良いが気弱で、人見知りするものの仲良くなった途端に異性への警戒心がZEROになり、どんなアプローチも鈍感で回避し、最後の最後に告白されてやっと相手の気持ちに気がつく佐藤義人の顔が浮かんだ。 「入山様、どうか、、」 《分かったって。危なそうな子がいたらそれとなく佐藤に伝えるよ》 「ごめんね、、本当に鈍ちんのとき鈍ちんだからさあ」 《アンタみたいなバチクソなイケメンでも、佐藤相手だとハラハラして大変だね〜》 いつもの事過ぎるお願いに、呆れつつも楽しそうな声で入山が答えた。 藤崎は1年生の頃からこうした根回しの多くを彼女や遠藤に頼んできた。 何かと1人で抱え込み、黙って何も教えてくれない義人が人間タラシである事が段々とわかって来た辺りから警戒心が上がり、2年の初めに起こってしまった菅原との事件で、自分が守り切れないところが出そうな場合は周りを巻き込んででも彼を守ろうとするようになったからだ。 別段、身体を張って欲しいと言う訳でもない。 明らかに義人に入れ込んでいそうな人物がいたら彼に注意を促す事と、自分に教えて欲しいと言うだけだ。 入山も遠藤も「男の子を守って欲しい」と言うのは中々に引くが、「義人がたらし込んでそうな人がいたら教えて」と言う藤崎の願い出には「面白そうだからノってやろう」と言う考えで協力するようにしていた。 何より、入山も遠藤も藤崎の周りにいる害悪で度が過ぎたアプローチをしてくる女達の怖さは知っており、藤崎がやたらと義人を気にかけて守ろうとしている理由も、多くは自分が受けて来た被害を彼に味わわせたくないと思っているからなのも理解している。 ましてやあの佐藤義人と言う人間はどう言うわけか鈍感スイッチが入っている場合が多く、藤崎のような自衛が難しいのも知っていた。 《そういえば旅行ってどこ行くの?あ、ゼミ旅行じゃなくて、2人で行く誕生日旅行の方》 「あー!サイト送ろっか?中々に良い内容ですよ。佐藤くんがめっちゃ調べてくれたんだけど」 《え!見たい!ねえ和久井!藤崎と佐藤が行く旅行のサイトだって!見よ!》 《待って見たい待って》 毎年8月末は藤崎家双子の誕生日がある。 藤崎と付き合い始め、里音とも仲良くなってから、義人は毎年きっちりどちらにも誕生日プレゼントを渡していた。 ただ考えるのが面倒なので、藤崎にも里音にも「何が欲しい?」と聞いてしまう。 そして今年、藤崎から提案されたのが、物はいらないから2人きりで旅行に行きたいと言う答えだった。 予約したホテルや見に行く景色、参加するツアー等のサイトをパソコンの検索エンジンのお気に入りに入れていた藤崎は、URLを全て入山のパソコンのアプリ宛てに送った。 旅行はあくまで誕生日プレゼントだからと、忙しい中義人が調べ尽くして選んでくれた中々に豪華で、けれどあまりお金を使わずに済む内容になっている。 《えー!沖縄!!めっちゃいいじゃん!》 掃除を終えた和久井も加わり、藤崎のパソコンの画面には2人して楽しそうにサイトをチェックする様が映し出された。 ぼんやりとそれを眺めていると、彼の座っているソファの後ろにある寝室のドアがガチャリと開いた。 「あれ?もう起きた」 《え?なに?佐藤?》 「んー、ちょっと1回離れるね」 《あいよ》 そう言ってパソコンをテーブルの上に置き、ソファから立ち上がって寝室との境のドアまで歩いて行く。 「おはよ」 「んー、、」 「うるさかった?ごめんね」 「喉痛い」 「ん?大丈夫?お茶入れる?水?」 「水、」 「あ、あ、そのまま来ないで。今入山ちゃん達とビデオ通話してるから」 「んー、、」 「戻って服着ておいで」 「んー、、」 ほぼ「んー」しか言っていない。 どうやら藤崎達の話し声で起きてしまったらしい義人は、まだ全然目が開いておらずぼーっとしていて、昨夜抱いた後のままのボクサーパンツしか身に付けていない姿だった。 そんな姿をパソコンのカメラに映す訳にもいかず彼を寝室に押し戻して服を着るように言ってから、藤崎はさっさとキッチンへ入り、コップに水を注いでソファへ戻った。 《佐藤は赤ちゃんか何かか。過保護過ぎるでしょ藤崎》 2人の会話を聞いていた入山と和久井に、画面越しにため息をつかれた。

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