21 / 136

第21話「準備」

「忙しいよなあ、今年の夏休み。インターン終わったら即ゼミ旅行で、それ終わったらお前と旅行だし、、あ、お盆て帰んの?」 「、、、」 「聞いてんのかー、藤崎」 「、、、」 「もう離れろよ」 「嫌だ」 実家から持って来たキャリーケースに、3日分の着替え、歯ブラシやお風呂セット、寝巻き、携帯電話の充電器等を詰めながら、義人は腰にしがみついて離れない藤崎の頭にゴンッと自分の頭をぶつけた。 「行かないで、、」 「お前も行くんだから用意しなよ。何してんのさっきから」 「佐藤くん充電」 「あのなあ、ゼミ旅行まであと3日あんのに今充電してどーすんだ」 入山と和久井との通話が終わり、やっと意識を覚醒させた義人と藤崎は軽めの昼食を取った。 最近2人で気に入っているのは、食パンに千切りキャベツを乗せてマヨネーズをかけてトースターで焼いてから、その上に黄身が半熟の目玉焼きを乗せて軽く塩胡椒をした具材モリモリのトーストだ。 後はベーコンかソーセージを焼いて一緒に食べる。 これが結構イケる昼食なのだ。 飲み会ではアルコールを控えた事もあり、2人とも二日酔いではない。 ただ義人は昨夜何度も抱かれたせいで腰が痛く、あと太ももが筋肉痛だった。 嫌だと言ったのに騎乗位をさせられたからだ。 今日、明日、明後日。その次の日になったらゼミ旅行が始まる。 心配性な義人はもう荷物を詰め始めており、せめて2日前にやれば良いだろうと思っている藤崎は古畑ゼミのゼミ旅行に行かせたくなさ過ぎて、荷物を詰める義人に抱きつき、邪魔をしていた。 彼は彼で、同じ日から影山ゼミのゼミ旅行に行くのだが。 「荷物詰めてるの見るだけで切ない」 「何それ。どういうこと」 呆れながらも容赦なく作業を進める。 義人、入山の行く古畑ゼミのゼミ旅行は京都・奈良の旅だ。 静海美術大学は様々な県に合宿所や寮を持っており、その中のひとつである京都寮で寝泊まりする。 「俺の知らないところに佐藤くんが行ってしまうんだなあって」 「うはは」 一方で藤崎、遠藤が行く影山ゼミのゼミ旅行は長野・岐阜の旅で、大学の所有になっている岐阜県にある茅葺き屋根の民家で寝泊まりする。 義人の行く寮と違い面倒を見てくれる寮母等はおらず、整備してくれる管理人がいるだけで、料理やら何やらを全て自分達でやらねばならない。 「お風呂とか覗かれないでね。鍵するんだよ」 「それはお前もな。と言うかいないだろ、そんなことする子」 「わかんねーじゃん。ああ、ホントやだ」 「もお〜、俺から巣立ってくれ藤崎」 「いやだあ〜」 義人はふざけただけだったのだが、あまりにもその言葉が悲しかったのか藤崎は彼の腰に回した腕の力を強め、グイと体重をかけて、キャリーケースの前にしゃがみ込んで荷詰していた義人ごと床にごろんと倒れた。 「うわあっ」 「佐藤くん、」 「離せ!!」 逃れようともがいたが、自分と違ってガッシリとした身体をしている藤崎の腕力を跳ね返せず、義人は彼の腕の中でバタバタする。 抵抗虚しく首筋に顔を埋められ、フンフンと鼻息を荒くされながら匂いを嗅がれた。 「んあーー!!やめろ!!」 「LOVE、義人、Forever」 「あはははッ、発音が良い!そして良い声で呟くなっ!くすぐってーなっ!!」 「行かないでよゼミ旅行。俺といた方が楽しいよ」 「ダメだって。おい、ほんとにくすぐったい、ふふっ」 こんな事は決して外ではできないが、義人は藤崎と家の中で2人きりのときはくっつかれてもあまり嫌がらない。 嫌だ、やめろ、と言いつつも藤崎の温かい体温に包まれているのは好きだった。 「ねえ俺の服持ってけば?俺も佐藤くんのパーカー持ってくから」 「持ってかなくていい。お前の服もいらん!」 「何でよ。マウント取りたいじゃん。佐藤義人の後ろに何故か藤崎の影を感じる、、くらいの匂わせでいいから」 「嫌だよ!!何だよそれ、芸能人みたいじゃん、変なの」 義人はおかしそうにケタケタと笑った。 藤崎は寝返りを打って自分の方へ向き直ってくれた義人の腰に手を回し直して、ズイ、と距離を近づける。 ゼミ旅行は寂しいけれど、彼にとってこうして何事もなく義人と笑い合える日は何より好きで、大切なものだった。 「じゃあーー、うーん、シャンプーは一緒だしなあ。香水はつけないし、うーん」 「匂わせってそういう?」 「ちっがうよ。でも匂わせはしたい」 「んははっ」 言いながら、スリスリと義人の首筋に再び顔を埋める。 いつも自分より少し低い体温が愛しかった。 昨夜、自分が一瞬だけ須崎に呼び出されたときはやたらと寂しそうだった義人が心配だったけれど、駅の手前でしたキスと午前3時まで続いたセックスで、どうやら余計な心配だったと分かってくれたようだ。 安心し切ったふにゃふにゃな笑顔で、さっきからずっと笑ってくれているから。 「はいはい、大丈夫だよ。どうせ3日だけだし」 「3日も佐藤くんがいない生活か、、無理」 「もう離せよホントに。邪魔だなあ」 ドッと横になったまま、2人はゴロゴロしながらじゃれ合っている。 「、、、」 かなり前に撮った写真だった気がする。 携帯電話のフォルダに保存されていたそれをたまたま見つけて、考えないようにしていた昨夜の光景が脳裏に蘇ってしまった。 (どうしよう) 画面に写った2人はぎこちなく笑っている。 写真を撮られ慣れていなくて、お互いにどうしたらいいのかが分からなかったからだ。 懐かしさを感じる写真を見つめていると、段々胸が締め付けられ、苦しくなって、うまく息ができなかった。 (どうしよう、、どうしよう) 誰かにこれを言うべきか、それとも本人に直接聞くべきか。 手元の携帯電話の画面を見つめたまま、もう何も考えたくなくてゆっくり電源を落とした。 「、、、」 7月31日。 土曜日。 昨日の飲み会は友達と大いに盛り上がったのに、その後に見てしまった光景が頭から離れない。 居酒屋で飲んだレモンサワーの味も、カラオケで歌った歌も、締めに食べに行ったラーメンの味も、全部忘れてしまった。 ただその光景を思い出すたびに、ギク、ギク、と心臓が嫌な音を立てるばかりで。

ともだちにシェアしよう!