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第22話「関係」

入山楓にとって、和久井英治は親友であり恋人だ。 ただ彼以外に異性の親友を挙げろと言われたら、真っ先に彼の名前を口にするだろう。 「佐藤、大丈夫?」 「ごめん、、本当にごめん、新幹線酔いすると思ってなくて」 「大丈夫だけどさ、やっぱ席代わろうよ。見てて辛い」 佐藤義人は、変な男だ。 「すみません、楓様」 「うんうん、良かろう。その代わり藤崎にお土産ひとつ増やせって言っといて」 「はいぃ、、」 ゼミ旅行初日。 真夏の朝、東京駅には顔合わせ、又はオープンキャンパス以来に会う古畑ゼミのゼミ生達が集まった。 藤崎と遠藤が行く影山ゼミのゼミ旅行も東京駅集合だったが、集合時間が違うため顔を合わせる事はない。 義人が家を出る時間に合わせて一緒に駅に行くと言った藤崎を説得して、家に残して来た。 流石にそれは、怪しまれる。 1人で駅に現れた義人にその話しを聞いた瞬間、入山はゲラゲラと笑った。 過保護にも程がある。 ただその過保護具合にも少し納得するところはあった。 佐藤義人とは少し頼りない人間だからだ。 今も新幹線酔いをしていて、トン、トン、とずっと自分の胸を叩いて吐き気を落ち着かせている。 窓側に座っていた入山はわざわざ席を交換して、少しでも彼が楽になるように後ろの席に座っていたサラリーマンに断って背もたれを倒してくれた。 「少しは楽?」 「んん、本当にごめん。子供みたいんなってる。申し訳ない」 「謝らんでいいよ」 顔面蒼白な友人を気遣わない方がおかしいだろう。 「寝られるなら寝とけ」 「んー、本当にありがとう」 義人が世話が焼けるのは今に始まった事ではない。 藤崎と付き合う前から、随分世話の焼けるやつだとは理解できていた。 1年生の春、入学して早々に始まった授業はグループワークだった。 高校生の内から和久井と付き合っていた入山にとってクラスの男子は友達、仲間になるべく相手であって、恋愛対象的な見方はしようがなかったけれど、周りの女の子達は違う。 大学生ともなれば、高校よりも発達した恋愛を求める子も、実際にそんな恋愛をする子も増える。 つまりは、純なお付き合いは終わって、暴走気味にセックスが加わるのだ。 より、雄、雌、と言う具合に相手を見るようになる彼らを無視して、自分は和久井一筋で、面倒事には関わらず女友達をたくさん作ってワーキャーしながら花の女子大生生活を送ればいい。 そう思っていた矢先に始まったグループワークで目に付いたのが、この佐藤義人だった。 (え、何でこいつ気付かないの??) 同じグループになった藤崎久遠から明らかなアプローチを受けている彼はそんな事には気が付かないで、藤崎がひたすらに自分をからかってきていると怒っていた。 入山からすれば何もかも一目瞭然で、大学を途中で辞めてしまった斉藤は藤崎が好きで、その藤崎は義人が好きで、義人は何も知らずにポカンとしていて、更にその義人を少しずつ片岡も気になり始めている。 そんな関係図が一瞬で読み取れたのだが、佐藤義人は何にも気がついていなかった。 「ダメだ。なんか話してたい」 「んー、、あいつと離れるの寂しい?」 「あはは、何それ。うーん?変な感じはある」 「何だ、そんなもんか」 「ふはは」 彼の顔色は悪いままだ。 義人と藤崎が付き合う際、一度は藤崎に「一時の感情ならやめろ」と言ったものの、彼の真剣さに勝手に納得した入山は、藤崎に少しずつ想いを募らせていた義人に「今向き合わなければならないことがあるかもしれない」と助言した。 後々、あのときああ言ってくれてありがとう、と義人本人から言われた程、彼女の言葉は2人の関係を結ぶ後押しになった。 クラスが同じと言う事もあり、入山と義人達は彼ら2人が付き合ってからもずっと仲が良く、また良き理解者と言うポジションに落ち着いている。 そして、それなりに世話を焼いて来た。 入山の恋人である和久井英治も彼女と付き合う前に歳上の男性と付き合っていた過去があり、一時期は女性が愛せなかった。 がむしゃらに振り向かせようと努力し、何度も告白してようやくそれを乗り越えて和久井と付き合っている彼女は周りと少し違っていて、和久井の相談をずっと聞いていた事もあり、義人の相談にもよく乗ってくれるのだ。 藤崎との話しを聞く事に抵抗がなく、義人が彼の事を最も話しやすい人間。 彼女はもうそのくらい、義人にとってはなくてはならない人物になっていた。 「ゼミ旅行ってさあ、来年の春休みは俺達だけで行くんだよね?」 そして入山からしても、大学生活における異性の1番の親友は、いつの間にかこの佐藤義人になっていた。 真面目で神経質な面も心配性な面もあり、何かとトラブルに巻き込まれる彼に苛立つときも、「ごめん」と言う口癖が嫌になるときも確かにあるが、けれど確かにどこまで踏み込んでも怒らず、人と向き合おうとする事のできる男である彼を認めて、高く買ってもいる。 何より、この男がいなければ藤崎久遠とは絶対に仲良くならなかっただろう。 入山からすればスカしていて、女性と距離を取る藤崎と言う人間は始めはあまり好きになれなかった。 むしろ嫌いな方だった。 彼が義人と付き合ったからこそ、自分が義人と先に仲良くなったからこそ、入山と藤崎の関係は今も保たれている。 いないならいないでいいのだが、ここまでくるとやはり、入山は義人と仲良くなって藤崎ときちんと友達になれて良かったなあと思っているのだ。 「そうそう。夏と春にやるから。初めてのゼミ旅行は4年生におもてなししてもらって、春休みのゼミ旅行は同期と教授と助手さんと仲を深める的なので、次の夏のゼミ旅行は私らが4年になってるから、3年をもてなして終わり」 「ふーん。結構忙しいなあ」 「ゼミ旅行しつつ、休み中の課題やらないといけないからね」 「それな」 知れば知る程生真面目で堅い男だが、友人として、また友人の恋人としての誠実さ誰にも負けない義人。 仲良くなったからこそ分かる細やかな気遣いも、実はよく食べる男らしさも、藤崎とふざけあっているときの面白さもある。 確かに、藤崎がその鈍感さを恐れて「たらし込んでそうな子がいたら教えて。あと好きになっちゃってるんだろうなーって感じの女の子とかいたら教えて」と常々気にするのも頷ける。 「絶対に自分を大切にしてくれる恋人」には持ってこいの人材だからだ。 それが故、知らず知らずの内に藤崎の恋敵を大量生産している。 自分に寄ってたかってくる女の子達は端から全て冷たく追い払い気にも留めないくせに、義人に寄り付く人間を過度に気にする藤崎と言うのは入山からするとかなり面白かった。 やはり、変な男達だ。 「ふあ、、やば、私が眠くなって来た」 「んー。俺も割と眠い」 「アイマスクアイマスク〜」 「あ、いいな。俺も今度から持ってこよ」 この初めてのゼミ旅行中もどうせずっと一緒に行動するのだろう2人は、体力温存の為に眠る事にした。 周りのゼミ生達は2人の会話を聞く事はなく、楽しそうに女の子同士で会話に花を咲かせている。 アイマスクを付けた入山の顔を見せてもらってクスクスと笑い合ってから、義人は前の座席の背に付いている折り畳みのグレーの簡易テーブルの金具を外して、その台の上で腕を組んで頭を突っ伏して目を閉じた。 (あ、ヨダレ出るかも) ポケットからハンカチを出して、畳んだまま口の下に置いてもう一度組んだ腕に顔を埋めた。 (藤崎、今頃東京駅かなあ) そしてゆっくり、目を閉じた。

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