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第23話「旅行」

1日目、12時少し前。 京都に着いてしばらく歩いた古畑ゼミは広めのカフェに入り、お盆に乗ったいくつもの小鉢の中を様々な旬の京野菜料理が彩ったプレートを昼食にする事になった。 (こういうの、あいつが食べるとなると嫌いなもん全部俺によこすんだよなあ) 天ぷらや、野菜がふんだんに入った出汁のきいたがんもどきを頬張りつつ、義人は藤崎を思っていた。 どれもこれもおいしいのだが、藤崎は偏食がひどい。 食わず嫌いも多いのか、不味そうだなと思ったものは普段から片っ端から義人の皿に乗せてくるのだ。 (美味しい〜!和久井と京都旅行って言うのもいいなあっ) 入山もまた恋人である和久井の事を考えながら義人の隣に座っており、美しく若い色の木目を使った店内で他のゼミ生達とも会話をしながら昼食を楽しんでいる。 「佐藤くんてアレルギーとか好き嫌いないの?」 「ないかなあ。味濃いもんが無理なときはある。味噌ラーメンとかがあんまり好きじゃない」 「へえ〜、意外。学食で見かけるといつもラーメン食べてる印象ある」 「学食の醤油ラーメンはあんま濃くないし美味いんだよね。ほぼ毎日食べてた」 「あははっ」 義人は藤崎以外には大体愛想がいい。 人見知りも本当に最初に少しだけ警戒するくらいで、今目の前に座っている女の子達はオープンキャンパスで何度か話したのでもう慣れてしまっていた。 「佐藤くんて藤崎くんと仲良いよね」 「え?うん」 窓辺の4人掛けテーブルに義人、入山が隣り合って座り、その向かい側に同じ3年の小宿美寿佳(こやどみよか)と西綾乃(にしあやの)が座っている。 彼女達とは1、2年はまったくクラスが違い、クラスの関係ない選択授業でも被った事がなかったので、オープンキャンパスの準備がほぼ初対面だった。 小宿の方は確かに学食で何度か見たことのある顔だと認識できる。 緩くパーマのかかったボブヘアで、たまに横川とつるんでいた気もした。 西の方は控え目そうな真面目そうな印象を受ける。 長い黒髪をポニーテールにして眼鏡をかけている物静かな女の子だ。 「藤崎くんて格好いいけど、近寄んなオーラすごくて怖いから、佐藤くんもそう言うタイプかと思ってた。話しやすくて安心した」 「あ、私もそう思ってた」 「あー、アイツね。すごいよね。そんな怖い?」 「怖い。顔はめっちゃ良いけど。下級生で自称ファンみたいな子達いるよね?」 「あー、いる!5人ぐらいの、イケイケの女の子達!同じ学科の!」 「え」 西が話し始めた内容に小宿が食いついて、ケタケタ笑いながら話してくれる。 流石にこれは面白くない話しなのではないだろうかと入山は茄子の天ぷらを咥えつつ、そろりと視線を隣に向けた。 義人はちょうどとろろのかかった蕎麦を食べようとしていたところで、けれど彼女達が出したその話題に小鉢を置いて、口元を隠し、クックッと苦しそうに笑い始めてしまった。 「ふっふっふっ、ははっ、やば!ファン?いやあ〜〜、アイツのファン?やっば」 (普通に藤崎ディスってるし) 入山の心配は要らぬ世話だったらしい。 「いやー、だってほら、今彼女?いないでしょ?何か本気で付け回したりしてる子いるみたいだよ?」 「んっはっはっ!いいんじゃない?彼女いるかどうかは良く知らないけど、ふふっ、顔が良いって大変だなあ。アイツそう言うの1番嫌がるもんなあ」 ようは義人の恋敵が増えたと言う話しだったのだが、彼はそうは思えなかったらしく、逆に「藤崎のファン」と言う言葉がツボにはまってずっと笑っていて蕎麦が食えていない。 途中でゴホッ、とむせたので、呆れながらバシンッバシンッと彼の背中を入山が強めに叩いてやった。 「すみません、ありがとうございます入山様」 昼食の後は歩いてお寺巡りをした。 4年生が作ってくれた旅行の栞の内容が面白く、入山と義人はそれを読み込みながら、他のゼミ生達と割と楽しく会話していた。 藤崎と遠藤は少し似ている。 「歩くの疲れた、だるい、無理」 「ねえそれやめて、リュック掴まないで」 「藤崎〜!私を見捨てるのかぁ〜!!」 基本的に、興味がない事に対して消極的でやる気がない。そして面倒くさがり。 藤崎はこだわりが強いばっかりに料理やら家事がまめだが、実は細かいところは結構神経質な義人の方が掃除をしてくれたりしていた。 遠藤は周りも知っての通り大体の事を「面倒くさい」と言う女子で、見た目は整っているが中身がおっさんのような人物だった。 「離してくれ、俺は君を超えていかねば」 「真面目におんぶしてくれんか、藤崎」 「無理」 「ねえ頼むよ」 この2人が仲が良いのは単に似ていて波長が合うからだ。 お互いに男女と言うものを気にするのが面倒でもあり、藤崎に義人がいる限り、絶対に彼が自分に傾く事はないと信頼していて遠藤は彼と連んでいる。 藤崎もそうだ。 遠藤にとっては恋愛自体面倒事に入るので、それを信頼して一緒に遊んでいる。 長野まで新幹線で、長野駅で下車すると近くのレンタカーショップで車を借りた影山ゼミ。 4年生6人、3年生6人で生徒が計12人と助手、影山教授の合計14人での旅だ。 レンタカーは黒いワンボックスを2台借りて7人ずつに別れ、片方は助手・鷲田が運転し、もう片方は、3年男子からは藤崎、同じく磯貝貴信(いそがいたかのぶ)、4年唯一の男子ゼミ生である原島真(はらしままこと)が交代で運転する事になった。 神社、寺、湖、城。 様々な観光名所を回りに回り、藤崎と遠藤は歩き疲れと運転疲れでへとへとになっていた。 いや、ゼミ全体が疲れ切っている。 毎年、割と人数が少ない影山ゼミの名物であるこのゼミ旅行は影山教授自身が行きたいところを決め、4年生達がまるでタイムアタックかのように教授の希望全部に沿って無理矢理ルートを決めるらしい。 昼食を30分で食えと言われたときは何かの訓練に参加しているかのような気分になった。 そして現在は岐阜県にある「静温舎」(せいおんしゃ)と呼ばれる大学所有の茅葺き屋根の古民家から近くの銭湯までの道を歩いていた。 風呂がだいぶ前に壊れたらしく、これからゼミ生全員で入りに行く。 「マジで熱い」 藤崎のリュックから垂れているベルトにしがみつきながら、息を荒くして延々と続く登り坂を歩く遠藤。 藤崎の隣には、そんな遠藤と彼の悪ふざけを笑いながら聞いている磯貝がいる。 「遠藤さん大丈夫?」 「んー、うん、まあギリギリ」 午後17時36分。 銭湯は20時前には閉まる。 遠藤は話しかけてきた磯貝の名前を思い出せないまま、テキトーに返事を返した。

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