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第24話「通話」

「遠藤さんと付き合ってるんだと思ってた」 「え」 1日目の夜、晩酌会が終わり、数十年前まで蚕を育てていたところを整備した2階に影山教授と助手の鷲田。 1階、襖の奥の大広間に女子。 襖の手前、土間から続く板の間に男子がそれぞれ布団を敷いて寝る事になった。 静温舎は最大宿泊人数が20名なので布団の数は問題ない。 男子3人がいる板の間は囲炉裏がある為、それを避けながら布団をぐるりと敷いて、午前0時になるまでは襖を開けたまま女子も交え、2階にいる教授達に迷惑をかけないよう小声で色んな話しをしていた。 そして、そんな話題が出てしまった。 「付き合ってないよ」 磯貝の言葉に、藤崎はにこりと笑って返した。 男子も女子も寝巻きで、各々布団に潜ったりストレッチしていたり、座っていたり携帯電話を見ていたりしている。 藤崎は布団に潜り、誰にも画面を見られない角度に携帯電話を構えながらパタパタと義人からの連絡に返事を打っていた。 「え、私もずっとそうなんだと思ってた。古畑ゼミに行く入山さんか遠藤さんのどっちかなのかなって」 「え。本当に違うの?」 女子の内の誰かがそう言った。 質問している女子の視線の先には、藤崎と同じように携帯電話で何か打っている遠藤がいる。 多分彼女の兄に「もう寝る」とか連絡をしているところだ。 やたらと過保護な人だと聞いた事があった。 「付き合ってないし、一緒にいるだけでそう思われてもなあ」 ただ和やかに、皆んな疑問に思っていた「藤崎の彼女」について、いるのかいないのか、はたまたもしややたらと一緒にいる遠藤なのではないかと言うのを口にしただけだ。 何もそこまで冷たく言わなくても良いだろうと言う場面ではあったが、けれど彼女はサラリと、質問してきた女子を突き放すように冷たく反論した。 事実、2人は付き合っていない。 ましてや誰と誰が付き合っているかいないかをどうしてこんな公の場で言わなければならないのか、それが遠藤にとっては疑問で、苛立つ原因でもあった。 疑問よりも、後者の苛立ちが強いのだろう。 まるで藤崎とそう言う関係なのかと聞かれる事自体が、物凄く腹立たしいような声に聞こえた。 「え、何かごめん。そんなに怒るとは、」 「あー、遠藤さんて俺の彼女と友達で、仲良いんだ」 咄嗟の嘘だったが、藤崎は遠藤をカバーしようと優しい口調で割って入る。 これはいつもなら義人の役目だ。 何かと人とぶつかりやすい遠藤を、普段彼女と口喧嘩している義人が庇うのがいつも一緒にいるメンバーでは当たり前になっていた。 しかし今回義人はここにおらず、彼ならこうするだろうと思ったら、藤崎の口は勝手にそう言ってしまっていた。 「だからそう言う風に思われると俺も遠藤さんも複雑な気持ちになっちゃうと言うかさ。まあ付き合ってないから。俺他に彼女いるから、覚えといてね」 「あ、そうなんだ!彼女いるんだ!」 「うん。静美ではないけどいるよ」 藤崎はイケメンらしい作り笑顔でへらりとして、その場の女子全員を黙らせた。 流れるように4年の原島が「俺はそこにいる望田と付き合ってます」と影山ゼミ4年のゼミ長である望田を指さすと、彼女は照れてボッと顔を赤くし、「そんなんみんな知ってるから!」と声を上げてしまい、4年全員から「シーッ!」と怒られる。 やがて襖を閉じて男子と女子に別れ、影山ゼミは全員が就寝した。 夜中、午前2時に藤崎の目がパッと覚めたのは、襖の向こうの女子がトイレに行った音が古い家屋にやたらと響いたからだった。 「あ、ごめん起こした?」 「大丈夫大丈夫、おやすみ」 「ごめんね〜」 名前が良く思い出せない。 再び彼女が襖の向こうに消えると、布団の上に座った藤崎は、熱いなあ、と着ているTシャツの襟を仰ぎながら充電していた携帯電話を手に取った。 「、、ぁ」 眠れないのだろうか。 [熱いな] とひと言だけ、おやすみと言い合って連絡を終えていた筈の義人から、2分程前に連絡用アプリにメッセージが届いていた。 (嬉しいなあ。俺のこと考えてくれてたのかなあ) [熱くて起きちゃった。そっち何してるの?] ゴロンと掛け布団の上で横になり、障子戸の向こうから入ってくる月明かりを背にしてうつ伏せに寝ると、義人に向けてメッセージを送信した。 (あーあ、今日も、明日も、明後日も会えないのか) お互いにゼミ旅行が終わるのは明明後日の夜。 東京駅での解散時間が被っていたので、駅で落ち合って一緒に帰ろうという話しになっている。 それまでは声も聞けないのか、とため息が漏れてしまった。 1年生の初めに付き合い始めた2人は流れるように同棲し、そこからはもう喧嘩をしたとしても毎日一緒にいた。 それが当たり前で、何をするにも一緒だったせいか、完全に会えない日と言うのは割と経験がなかった。 1人だなと思う夜に来た恋人からのメッセージに胸が打たれる程には、切なくなってしまっている。 ブブッ 「ん」 5分もしない内にメッセージが返ってくる。 薄暗い部屋の中、囲炉裏の側で、藤崎は同じ部屋にいる磯貝と原島がいびきを立てて寝ているのを確認してからそっと携帯電話の画面をつけた。 [めっちゃ飲んでる] 「えっ」 飲んでる? この時間にまだ飲んでる?? アルコールに弱い義人の事が一気に心配になってしまい、彼は慌てて返信を打った。 それもすぐに返事が返ってきて、藤崎はゆっくりと立ち上がり、ギシ、と床が鳴らない部分を選んで忍足で歩き土間までたどり着くと自分の靴を履き、静かに外に出た。 トイレが土間に降りて目の前のドアを開けた台所の向こうにある為、藤崎が靴を履いて出て行った事に誰かが気が付いてもどうせトイレに行くのだろうとしか思わないだろう。 そのまま忍足で玄関の戸に近づくと、引き戸ごと少し上に持ち上げて音が鳴らないように引き、そっと外に出た。 (あ、星がすごい) 銭湯帰りにも空を見たけれど、また深まった夜空はなんとも美しく、東京では見られない数の星が瞬いている。 静温舎を出て直ぐに下り坂を降り、少し歩いた林の中の道で、藤崎は携帯電話を再び見つめて、[いいよ]と言う返事を確認してから義人に電話をかけた。 どうしても声が聞きたいとワガママを言ったのだ。 「、、、」 通話ボタンを押して機体を耳に押し当てると、呼び出しの音楽が流れ始める。 しばらくするとブツンとそれが切れて、電話の向こうの音が入ってきた。 《もしもしっ?》 それは、少し焦ったような愛しい恋人の声だった。

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