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第27話「再会」
「久しぶり」
そんな声を聞いたのは、ゼミ旅行の終わり、8月6日の午後20時15分だった。
「ぁ、、」
既に他の古畑ゼミのゼミ生達は帰路についていた。
義人は黒い小さめのキャリーケースを壁に寄せて置き、既に閉まり始めた駅ナカの店舗を眺めていた。
(駅弁買えてよかった)
藤崎の好き嫌いを把握していて良かったとも思った。
自分が食べたい弁当を2つ選び、藤崎が食べれそうな中身かどうかを確認して20時になる前にはそれを買っておいた。
藤崎が来たら周りの影山ゼミ生達がいなくなるのを待って、サッと帰る為だ。
カフェやイートインスペースが閉まり始めた事もあり諦めて新幹線口から少し遠い改札の手前で誰にも見つからないように待っていたのだが、話しかけて来たのは藤崎でも、古畑ゼミ生でも、影山ゼミ生でもない。
ただ、明らかに嫌そうな顔をしてしまったのは申し訳ないと思った。
「麻子、、?」
聞き返す必要はないだろう。
確かに髪は伸びてメイクも少し変えた気がするし、服の趣味も付き合っていたときとは違う。
けれどそれは確かに見慣れた、高校最後から大学へ入学してしばらくの何ヶ月かは付き合った元恋人・早乙女麻子(さおとめまこ)だった。
「義人だよね?最初分かんなかった」
「久しぶり。びっくりした」
相変わらずスラっとした体型の彼女はそれがよく分かる細かくプリーツの入った細身なパンツを履いている。
一層、大人っぽくなった印象だった。
「何してんの?どっか行くの?」
そして何より、どこか落ち着いた印象になった気がした。
「や、行ってきたとこ。京都と奈良」
「あ、そうなんだ。いいなあ〜!帰らないの?」
「ん?んん、人待ってる」
「ふうん」
「麻子は?何してんの」
20時を過ぎたばかりの東京駅はまだ人が多く、向かい合って会話をしている麻子の後ろを何人ものサラリーマンや学生、OLが無表情で、あるいは人と話しながら、電話をしながら行き交っている。
「私はバイト終わりでこれから飲み会。千葉の方に家がある子のとこまで行くの」
彼女はそう言いながら背後の忙しなさから逃げ、義人が背を預けている壁に同じように背を預けて彼の隣に並んだ。
やはり恋人のときと違うのは、20センチ程、肩と肩の間に距離を作ってくれているところだろうか。
付き合っていた頃なら確実に、トン、と肩が触れ合っていただろう。
「そうなんだ。舞浜の方行くってこと?」
「そうそう」
「そっか。気を付けてね」
話しはすぐ終わるだろうと、義人は彼女を引き止める理由もなかったので「気にせず行ってくれ」と密かに別れの挨拶を込めて言ったつもりだったが、彼女は動じずそこにいて、彼の方を向いてニコ、と笑って見せた。
「?」
「あのさ、ちょっと話しても良い?」
「え?」
何を話す事があるのか、義人には分からなかった。
別れ方もあまり良くはなかったし、何より義人自身が麻子に相当嫌われていると思っていたのだ。
見かけたからと言ってこうして話しかけに来られた事自体に違和感もあったが、どう言う風の吹き回しだろうか。
けれど、何処か毒気を抜かれたような清々しさのある彼女に、義人は肩に入っていた力を抜き、話しを聞いてみようと思った。
藤崎が来るまで、あと15分以上はあるのだ。
「こないだ原宿いた?」
「エッ」
唐突に始まった会話でまずそこを刺されると思っていなかった彼は声を裏返した。
こないだ、原宿、と言えば、プロジェクト・イノベーションでインターンを終えた日に飲み会で行ったのが最後だ。
「7月の最後だったかな?ん?バイトあったから金曜日だ。藤崎くんといなかった?」
「あー、、」
いた。
インターンは藤崎と同じ場所に行っていて、2週間2人で通い、最終日も2人で社会人達と飲みに行った。
そこまできて、義人の頭の中は嫌な方向に流れ始めていた。
まさか、あの閉店した店のシャッターの前でのキスを見られていたのではないか、と。
いくら酒を飲んでいて、いくら大変だったインターンの最終日だったからと言って、やはり軽率な行動過ぎたのだろうか、と。
「いた、かなあ。多分、インターン終わった打ち上げで、駅の近くで飲んでて」
「あ、やっぱり。雰囲気変わったけど義人だよなー?って思ったんだ。藤崎くんはパッと見れば分かるし」
「あ、ああ、そう」
マズイ。
本当に見られたのかもしれない。
だとしたら、自分と別れて藤崎と付き合ったのか、どっちがどっちなのか、広めて良いのか、友達はどう思ってるのか、今待っていると言った相手も藤崎なのかと問い詰められるに決まっている。
(俺のこと嫌ってるから、話しかけてくるのも変だとは思ってたけど、結局藤崎絡みだからか)
ドク、ドク、と嫌な音がしている。
耳の後ろの血管だ。
こういうとき、いつもうるさくなる。
嫌だ、鬱陶しい、やめろ、やめてくれ。
「義人さ、」
「ん?」
「好きな人できた?」
「、、、」
これは、どう言う意味で、この先どんな話しをするための前置きなのだろうか。
義人は深読みし過ぎて目が回りそうになっていた。
「うん」
「あは、やっぱり。ちょっと雰囲気違ったからさあ、あはは、当たっちゃった。近くで見たら尚更だ。何かスッキリした?と言うかさ。伊達に付き合ってた訳じゃないなあ」
「そ、だね、、?」
屈託なく笑い始めた彼女を見て、義人は胸を撫で下ろした。
何か違う。
自分を追い詰めてこようと言う話しをしようとしている訳ではなさそうだった。
彼女はただフッと笑って義人を見つめ、そのまま口を開く。
「駅の改札で見かけたんだけどさ、あれ酔ってたの?2人でめちゃくちゃ楽しそうに笑ってたから、あー、義人にもいい友達できたんだなーって思ってさ。ほら、高校の友達、あんまいなそうだったから」
予備校が同じだったと言うだけで、確かに麻子とは高校が違った。
義人は気疲れするくらい周りに気を遣う人間でえり、それで参ってしまう事が多くて自分からどんどん人と離れてしまい、結局小学校、中学校、高校を合わせても、片手に収まる程しか友人はいなかった。
「あ、うん。まあ、今は藤崎と1番仲良いかな。他にもいっぱいいるけど」
入山や遠藤、滝野、光緒、里音。
たまに西野や片岡も。
それから古畑ゼミで今回仲良くなった小宿と西も、もう彼にとっては大事な友人になっている。
不思議だったのは、大学に入ってからできた友人達にはあまり気を遣わずにいられて、一緒にいても疲れない事だ。
きっと藤崎がそうさせてくれているのだろうと思っている。
「そっか!良かった良かった」
「んん、」
一体、何が言いたいのだろう。
道行く人の波を眺めながら、2人は改札の側の壁に寄りかかって、微妙な距離を保ちながら会話をしていた。
それは不思議と、別れ際のあの時期の会話の怖さや話しにくさはもうなく、正しい距離を保っているように思える。
「何かねー、ほら、」
麻子は遠くを見ていた。
人並みの遠く、新幹線乗り場はあっち、と書かれている柱よりも向こう。
「悪いことしたなあって、思ってたんだよね」
ふと、そんな言葉が聞こえた。
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