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第33話「不穏」

「乳首でイって、甘イキして、最後は連続でイったし、潮吹きしたし、、はあ。開発者冥利に尽きる」 「ホント黙れ」 「じゃあそっぽ向くのやめろよ〜」 ヘトヘトになった身体を引きずってシャワーを浴びたのは数十分前で、駅弁を温めたのはさっきだ。 適度な運動と旅の疲れで、2人はバクバクと駅弁を胃にかき込んでいる。 先程のセックスの内容に大満足の藤崎は義人よりかはゆっくりと落ち着いて食べながら、照れてそっぽを向いている彼に聞かせるように満足げな声でそう言うとリモコンを手に取りテレビの電源を入れた。 2回と言っていたが結局義人が何度もイってしまったので、実際に挿入まで込みのセックスは1度で終わった。 それでも2人とも満足している。 午前1時に見たい番組はなく、すぐに動画配信サービスの画面に切り替える。 旅行前まで見ていたドラマの続きを選ぶと、オープニングを飛ばさずに見始めた。 「、、久遠」 「ん?」 そっぽを向いて少しむくれていた義人は何か考え込んでから、口の中にあったご飯を飲み込んで弁当をローテーブルに置き、藤崎の方を向く。 キョトンとしたまま、白滝を口に入れた藤崎も彼を見つめた。 「白滝出てる」 「ん、」 もぐもぐと白滝を全部口に入れ、藤崎もそれを飲み込んだ。 「どしたの」 「俺、変だった?」 「え?」 正直未だに義人はこういった事に疎い。 こういった、と言うのは「えっちな事」に関してだ。 乳首でイクのも、甘イキするのも、変な事なのか。他の人はしないのか。 潮を吹く、の意味は何なのか。 分からないけれど、分からない言葉を並べられているのも恐ろしくなって、また悩ましい顔をしている。 藤崎も弁当と箸をテーブルに置くと、わざと義人の方へ身体ごと向いてニコ、と笑った。 「変じゃないよ。何回も言ってるだろ」 「ん、、ごめん」 「ごめんも言わなくていい」 「、、はい」 「んははっ、怖がんないでよ。義人は最高だよって話しがしたかったの。嬉しいんだよ。俺としかセックスしてない義人がどんどんセックスが、上手になると言うか、、慣れてきてくれてると言うか。新しい扉開いてくのが見れて」 「物凄い変態なこと言ってね?」 「んー、今のは確かにそれっぽかった」 藤崎はもぞもぞと指を組んだり解いたりしている義人に手を伸ばし、彼の右手をギュッと握った。 「俺とセックスするの楽しいでしょ?」 「楽しい?、のかな、、好き、だけど」 「うん。そう思ってくれる内容にできてるんだなってのが、嬉しいの」 ふわっと笑う藤崎につられて、義人もへにゃ、と弱ったように笑った。 お互いに1番好きな笑顔が見えて安心したのか、義人はもうそれ以上は何も言わず、ただ藤崎が解説し始めた「潮を吹くって言うのは、」と言う言葉の続きを少し複雑な顔をして聞いていた。 それが、8月7日の深夜の話しだ。 「はあ、、」 どうしたらいいのか分からない。 行き詰まった状況に、ため息ばかりが溢れて行った。 昨日紙で切って絆創膏を貼った指先が、段々と痒くなってきている。 そこを左手で押し潰して何とか痒みのような痛みのようなそれを誤魔化そうとしてみた。 「、、、、」 コンコン 「?」 不意にドアが叩かれた。 この時間に家にいるのは専業主婦の母くらいだ。 父は忙しく、職業的に夏休みなんてものはない。 「お母さん?」 「ちょっと休憩にしたら?」 午後16時16分。 ガチャ、とドアが開いて、マグカップを持った母が部屋に踏み入る。 彼は夏休みの課題を終わらせる為に部屋にこもっていたのだが、手はまったく動かず、数日前に見てしまった光景ばかりを頭に思い浮かべては息を詰まらせていた。 「ココア。好きでしょ」 「んー、ありがと」 弱く笑うと、「夏休みにそんなに自分追い詰めてどうするの」と言って背中を摩ってくれた。 いい人だ。いい母親。 父親もそうだ。厳しいけれど、いい人だった。 少なくとも彼にはそう見えている。 「はあ、あったか」 「ゆっくり寝れるから、夏だけどホットにしちゃった」 「この時間に寝ちゃまずいよ。それにここまで今日中に終わらせとかないと、優太達と遊び行けない」 「はいはい」 ふふ、と穏やかに優しく笑う顔が見えた。 幼かった頃から比べれば、父も母もずいぶん老けた。 当然だ。 彼が両親を若かったと振り返るのは彼自身が小学校のときだから、10年程遡る事になる。 これまでよく育ててもらった。 きっとまだまだ世話になるのだろうけれど、でも確かにこれまで、すごく大切にしてもらってきた。 なのに、、、 「、、ねえ、最近、何か悩んでる?」 「、、、」 息子の陰った表情を察すると、彼の母親は最近聞かないでいた質問を口にした。 彼は小さい頃から、結構素直に何でも話してくれる。 そんな彼が口を閉し、相談もなく、ここ最近暗い表情をしている事には少し違和感を覚えていたのだ。 息子の部屋の中は片付いている。 元々ひとつだった部屋を真ん中に壁を増設して2つに割った部屋は、狭めではあるが片方はこの息子、もう片方は彼の兄が使っている。 「何かあったの?」 息子は押し黙っていた。 マグカップを持って、勉強机の椅子に座したまま俯いて黙り込んでいる。 悩んだり不機嫌になったり、あるいは泣きそうになったりすると、小さい頃から顎の下が膨れるのだが今がそうだ。 何か感じて、癖でそこを膨らませている。 窓は空いていて網戸だけが閉めてあり、たまにそこに虫が飛んできてはぶつかって離れていった。 部屋の明かりに寄ってきたようだった。 「どうして泣くの」 肩が震える。受け取ったマグカップを持つ手も、カタカタと震える。 もう、堪えきれない。 床に落ちた涙が、丸くそこに溜まった。 頬を伝って流れる感覚がもどかしくて、カップを机に置いて、腕でぬぐった。 「どうしたの?ねえ、何かあるならちゃんと言って?話せないようなこと?お父さんの方がいい?」 「違う、、お父さんは、絶対にだめ」 「じゃあどうしたの?」 言ったら、どうなるんだろう。 言ってしまったら、俺たち、どうなってしまうんだろう。

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