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第34話「兆し」

「普通」って何だろう。 俺たちはずっとそれを考えながら生きていく。 「とにかく1回落ち着いて。ね?」 リビングに降りて来ていた。 ひたすら黙って泣いた息子の背中を摩って落ち着かせるとイスに座らせ、彼の母親は何か食べさせようと冷蔵庫を見に行った。 この息子が泣くのは珍しい事ではない。 割と甘やかして育ててしまった次男坊で、父親に怒られるといつも母親のところに来て泣いていた。 流石にこの歳になって泣いたのは珍しく、高校の卒業式以来見ていなかった涙に自分まで胸が痛くなっている。 大学2年生。 随分大きくなったのに、泣き顔は変わらない。 「お、お父さんには絶対、言わないで」 「だから、どうしたの。何かしたの?」 「してない、違う、」 「落ち着いて、ほら。ね、大丈夫だからゆっくり話して」 8月7日、午後17時少し過ぎ。 リビングには2人しかいない。 「今日はもうなし?」 「なしだよ、何言ってんのお前」 ベッドに潜り込み、義人は訝しげな顔をして隣に寝そべろうとしている男を睨んだ。 相変わらずミノムシのようにタオルケットに包まると、冷えやすい身体が守られて心地良い。 「もう1回シたかった」 8月7日は2人でゆっくりと過ごした。 溜まっていた洗濯物を洗い、食事の作り置きを何個か用意して、2年の頃に一緒に買ったスニーカーを洗いに近所のコインランドリーにも行った。 朝起きて1回、コインランドリーから帰って来て1回、食事をする前に2回。 合計で今日はもう4回もセックスをした。 ゼミ旅行3日間のブランクを取り返すような勢いで。 家事とほどよい運動も充分した義人はだいぶ眠くなっていると言うのに、隣の男はポツンとそう言った。 「体力と言うよりお前の馬鹿みたいな性欲が怖い」 「褒めてるよね?ヤる?」 「ヤらねーよッ!!」 ギャン!と吠えたのだが、藤崎は嬉しそうに義人の腰に腕を回して自分の身体をグッと持ち上げ、彼に近づいた。 「チューだけしよ?」 「んんん、熱い!嫌だ寄るなバカ」 唇を突き出してチュッチュッと音を鳴らして顔を近づけられ、義人は両手で彼の頬を挟んで無理矢理に動きを止める。 義人の手に挟まれた藤崎は頬にめり込んでいる彼の手にキスをしようと更に顔を動かしていた。 彼の整い切った美しい顔が、今はひょっとこのようになっている。 「キモい。何故だ。俺の藤崎はイケメンの筈なのに、、」 「ちょっとでいいから乳首吸わせて」 「めっちゃキモいこと言い出した、、」 呆れた義人はやたらと柔らかい藤崎の頬をむにむにと揉み出し、仕方なく、チュッと一瞬だけのキスをしてやった。 「そう言うのサラッとやってくれるとこホント好き」 お互い横向きに寝転がりジッと見つめ合うと、やがてどちらともなくもう一度キスをする。 「義人、えっち、もう1回シよ」 「っん、だめ、ん、」 「意地悪だなあ」 れろ、れろ、と舌を絡めてキスを深くしていく。 藤崎は嬉しそうな声でそう言うと、腰に回していた手を義人の着ているTシャツの中に忍ばせて肌を撫で、胸元まで到達するとピンッ、と軽く彼の左の乳首を弾いた。 「あんッ」 キスで翻弄されながら、乳首からビリッと甘く広がった刺激に腰が揺れる。 吐息を混ぜ合わせながら激しく口付けをして時折り視線を交え、また藤崎に乳首を弾かれた。 「ぁンッ」 甘ったるい声が冷房を掛けておいた部屋に響く。 室温は低く、2人ともまだ汗はかいていない。 「藤崎、や、ぁんっ」 そう言いながらも両脚を擦り合わせて、義人は泣きそうになりながら藤崎に舌を吸われている。 藤崎は焦らすようにたまにピンッと片方の乳首を弾くだけで、それ以上は何もせず、ゆっくりと義人の舌に自分の舌を絡め、たまに上顎を舐め上げて彼を刺激して遊んでいる。 「やめ、ンッ、、あんっ、、藤崎、ふ、んっ」 ビクッ、ビクッと腰が揺れるのだが、義人の中にはとてつもない睡魔が居座っていてどうにもまどろみ始めてしまっていた。 眠くなりながら甘い刺激を与えられているのはどうしてだかやけに気持ちが良い。 「久遠、あっ、ぁ、、眠い、んっ」 「乳首吸わせて」 「ん、吸っていいから、眠らせて、久遠、ぁ」 義人は藤崎の頬を優しく包んでいた手を離し、着ているTシャツの裾を自らスルスルと持ち上げて鎖骨のあたりまでめくり上げる。 ぷくんと膨れた2つの突起が現れると、藤崎はそこに顔を埋めて、べろんと下から彼の右の突起を舐め上げ、もう片方は這わせていた手でそのまま捏ねるようにいじった。 「はあ、はあっ、ん、、はあ」 「義人、可愛い。ごめんね、少しだけだから、寝ててね」 「あ、ん、、ぁんっ、気持ちいい、ぁ、」 「煽らないで。感じてていいから何も言わないで眠って」 「ん、久遠、あ、それ、気持ちいい」 義人は藤崎の頭を抱えるように両腕で抱き込み、ふわふわの柔らかい髪を撫でる。 ミルクティベージュに染められた、少し傷んだ髪だ。 「義人、好きだよ。興奮するから、気持ちいいって言わないで」 随分無理な事を言われているのだが、義人は眠気と快感に負けてとろんとした表情になってしまって、藤崎の「気持ちいいって言わないで」の意味も良く理解できていない。 ただ気持ちよくなりたくて、切なくて、脚をもじもじと擦り合わせ続けている。 「ぁん、ごめん、ごめん久遠、ぁ、あ、」 「ん、」 「あっ」 乳首を甘噛みされた瞬間、腰の奥に熱いものが広がった。 眠いのに、と、ぼやける視界で藤崎を見下ろしながら、義人は彼の頭に頬を擦り付け、また「気持ちいい」と小さく聞かせるように呟いた。 「義人」 「ん、ぁ、乳首吸って、久遠」 「ん、、」 ぢゅうっ 「ぁあんっ」 言われるままに強くゆっくりと義人の乳首を吸うと、彼の口からいっそう甘ったるい喘ぎ声が漏れた。 藤崎は乳首から口を離して愛しそうに彼を見上げ、切なそうに荒く息をしている義人の頬に左手を這わせる。 きめ細やかな白い肌を撫でると、撫でているこちらも、撫でられているあちらも、気持ち良さそうに見つめ合った。 「久遠、、」 「ん?」 優しい声の返事だった。 「えっちしたい、朝まで、シたい」 「無理させちゃうね、ごめん」 「ううん、シたくなった」 「ふふ、嬉しい。ありがとう」 「ん、」 ちゅ、とまた小さくキスをしてから、段々深く、激しく舌を絡め合った。 それが、8月8日になる前の真夜中の事だ。

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