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第40話「2人」
「うわあ、海すご!!」
いつもなら義人の体調を気にして弱めにつける冷房をガンガンに入れ、2人は空港で借りたレンタカーに乗って海の上にかかった橋を渡っていた。
後部座席にリュック2つと、キャリーケースはトランクに突っ込んでおいた。
夏の暑さが東京の倍に感じる。
窓を開けて潮風を感じながら、義人は嬉しそうに笑って言った。
「綺麗だね。あー、流石に腹減った」
「伊良部島ついたらとりあえず昼飯食お!」
「あははっ!義人、すごいテンション上がってない?」
「だってすげーじゃん!めっちゃキレー!!」
「ふはっ、はしゃぐの可愛い」
「はあ?あーもお、うっせーなあ」
そう憎まれ口をたたきつつも、義人は目をキラキラさせたまま美しい海を眺めている。
浅い色の砂が見える部分も、宝石のように青く美しい深い部分もどこを見ても穏やかで水は透き通っていた。
窓は閉めておいた。
2人は伊良部大橋を渡り、まずは伊良部島を観光する事にしている。
夏は流石にどこのビーチも人が多いだろうが、沖縄本島よりかはマシだろうと胸を弾ませていた。
「えーと、、あ、ソーキそばじゃなくて宮古そばとかもあんのか」
義人はるんるん言いながら携帯電話で伊良部島の飲食店を検索し、「オススメ10選!激選された伊良部島ご飯処!」と言うページを見てブツブツ言い始めている。
運転は藤崎がしており、彼は助手席で大人しく酔わないようにサイトを読み進めて行った。
「ふーん。あ、やっぱ海鮮丼もある。でも藤崎結構ダメだよな、魚介。んー」
「楽しそうだね」
「普通に楽しい。あ、帰り運転変わるから」
「え?ああ、違うよ、これは別にいい。彼氏が助手席にいんの最高だもん」
「いや、だから、俺もそっち側のその気持ちに浸りたいから」
「、、、え?え!?今の惚気!?」
「前向けバカ!!」
義人のまさかの発言に一瞬車体がぐらりとガードレールに寄り、慌てて彼が注意をすると、藤崎も慌ててハンドルを握り直した。
運転免許は2人して2年生の夏休みに合宿で取ってきているので、義人も藤崎ももう運転ができる。
ちなみに運転免許証の藤崎はアイドルか俳優の宣材写真かと言う程にキマっていて格好いいが、義人は試験に対する緊張で前の日に眠れなかったせいもあり、ゲッソリした顔で写っている。
「ごめん、まさかこんなにトばしてデレてくれると思わなんだ」
「口調がおかしい、、それに、お前だってさりげなく、義人って呼んでんじゃん」
「あはは、バレてたか」
改めて、2人きりだ、と認識してしまい、お互いに心臓が跳ねた感覚がした。
いつもなら周りには入山や遠藤、滝野や光緒、里音も、他の友人達もいる。
ここのところインターンやゼミ旅行で忙しく、やっと2人でゆっくりできる時間がやってきたのだが、ここは沖縄で、「もしかしたら顔見知りに見られるかもしれない」と街中にいても大学から離れたところにいてもそう考えてしまう癖がある2人ですらポーンと気が抜けてしまうくらい、本当に、身近な人間が誰もいないのだ。
普段、「佐藤くん」と彼を呼ぶ藤崎ですら、浮かれて「義人」と呼ぶくらいには。
「義人も呼んでよ」
「え、?」
「どうせ誰もいないから」
「、、ん」
藤崎は真っ直ぐ前を向いていて、まだ先のある橋の前方を見つめている。
カーナビが「およそ400メートル先、右方向です」と淡白な声で言った。
2人は視線を合わせずに話し終わると、お互いに内心かなりはしゃいでいる事がバレた恥ずかしさと、相手もそうだったと言う嬉しさで口元を緩ませていた。
「久遠」
「ん?」
「昼、何食べたいか決めて。海鮮丼、宮古そば、タコライス、普通にステーキ、カレーとかもある」
手元の携帯電話をスクロールしながら、藤崎が食べられそうなものを口に出して読み上げていく。
「んー、タコライスか、、カレーの店って他にもなんかあるの?洋食?」
「んー、、地元のもの使った創作料理的な奴だなあ。あ、美味しそう。ピザとかもある。あは、何これ、タコラそばってのもある」
「そこにする?海鮮丼とか宮古そばは宮古島でも食えるよね」
「あー、確かに。じゃあここな。えーと、、今ここだから、、」
義人が携帯電話の画面とカーナビを交互に見て道の説明を始めてくれる。
藤崎は「久遠」と呼ばれる事が嬉しくて頬を緩ませ、また、こんな事でいちいち喜ぶ自分が面白くて仕方なかった。
以前の自分は名前なんて、呼び方なんて正直どうでも良いと思っており、どんな女性と付き合っても、こう呼んで、と言われたまま呼んでいた気がするし、自分もテキトーに呼ばれていた。
こう呼んで欲しい、と言う想いすら存在していなかったのだ。
「あ、よかった。久遠、この店行こうとしてるビーチの近くだった。ナイスチョイスだな」
パッと嬉しそうな顔をしながらカーナビを指差し、義人が藤崎の方を向く。
運転しながらチラ、と彼を見て、藤崎は思わず吹き出して笑った。
「ふはっ、今日ほんと可愛いね、義人」
「ッ、あのさあ、可愛いっつーなよ、男なんだから。何回も言ってるだろ。格好いいなら言われたいけど、」
「格好いいのは当たり前だろ?格好良いから好きんなったんだし。それは当たり前。可愛いは付き合ってからたくさん知ったから声に出したくなるんだよ。ごめんね」
「いや、謝れとかじゃなくて、、可愛いって言われてもどう反応したら良いかわかんねーから、」
ムチムチ言いながら、明らかに照れた義人が前を向く。
やたらと長い橋だったが、車はそろそろ島に入るところだ。
「え、そうだったの?嬉しくない?」
藤崎は運転しながらも、サングラスを忘れたな、と考えていた。
今はまだ良いが帰りの時間だと太陽の位置的に運転しづらい眩しさになりそうだ。
「うれ、しい、、嬉しい?けど、お前が他の人に言うのはやだけど、んん、難しいなこの感情。なんて言うんだ?」
義人はそんな事は考えてもおらず、今はとにかく「可愛い」「格好いい」問題の自分の心境の説明がしたくて身振り手振りしている。
しかし訳が分からなくなってきて、途中でバタンと動かしていた両手をシートの上に落とした。
諦めたらしい。
「ふふ。他の人に言うのはヤなんだ」
「まあ、そりゃ。じゃあソイツと付き合えよって思うけど」
窓の外の海を眺めていると、砂浜が見えて海が終わった。
島に上陸したのだ。
橋の根元にある駐車場を超えて右に曲がり、とうとう伊良部島観光が始まる。
晴れ渡った日だ。
何とも、観光日和である。
「嫌だよ。義人がよくて付き合ってんだから」
運転に集中しつつも、藤崎はいつも通りにサラッとそんな事を言った。
思わず続けて「お前は誰にでも言ってそうだよなあ」と言おうとした義人は面食らって口籠もった。
「、、ん」
「あ!それ言うならさー、昨日ジェリジェリフィッシュの浅倉モモのこと可愛いって言ったよね、義人。あれ悲しかったなあ。俺も可愛いって言われたかったなあ」
「出たぁ〜、すぐそうやって人の揚げ足取る!!最低だよホント」
ちょっとドキドキしていたのに。
藤崎の発言は彼自身の言葉を台無しにしたが、義人は可笑しく思えて笑っている。
「ジェリジェリフィッシュ」とは最近売り出し中の女の子5人組のアイドルで、浅倉モモと言うのはその中でもダントツに歌唱力があり、小柄で小動物的な見た目と儚さを持った淡いピンク色のロングヘアに前髪をパッツンに切り揃えた少しぶりっ子なメンバーだ。
「そして浅倉モモはマジで可愛い」
「え、なに、何でそんなに推すの。ライブとか行かないでよ。だからやだったんだよ滝野にDVD借りるの」
ちなみに布教元は滝野洋平だ。
高校時代からアイドル好きが覚醒したのだが藤崎が全く取り合わないので布教せずにいたところ、人の良い義人が「そう言うの好きだったんだ」と興味を示した事により、まんまと大量のコンサートDVDを押し付けて来たのだ。
貸されてから存在を忘れるくらい見ていなかったのだが、旅行の荷物もまとめ終わってしまっていた昨日、暇だからと藤崎が見始めたのが原因で義人がハマってしまった。
「文句言うなよお前が見始めて途中で寝たんだろ」
「次目が覚めたときに全く興味なかった筈の彼氏がダンスの振り付けまで覚えて食い入る様に浅倉モモ見てると思わないじゃん!!腹立ってきた」
「モモちゃん悪くねーから。寝たお前がいけない」
義人としては「一緒に見たかったのに途中で寝やがった」と言う腹いせも含ませて浅倉モモを激推ししている。
「俺にも可愛いって言って」
「言わせるのはなんか違うと思う」
「言って!!」
珍しくギャンギャンと怒っているのは藤崎の方だった。
義人は彼の言い分やら言い訳やら意見やらを聞き流して笑っている。
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