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第41話「理解」

カチッ 「、、、」 マウスのクリック音がリビングに響く。 パソコンの検索エンジンで、「同性愛」「LGBT」「ゲイ」、と打ち込んでは検索して出てくる数え切れない量のサイトやネットに上がった記事を読んでいた。 テレビで見るオネエ、オカマと呼ばれる芸能人は咲恵にとって遠くて現実味がない。 そう言う風に見せようと言う芸風の可能性だってあって、加えて全員本当に女性は愛せないのだろうか?といつも疑問に思っていた。 彼女は、今どきは無料配信サービスの動画ばかりが検索に引っかかるのだなと思いつつ、慣れていないネットで何とか息子を理解しようと試みている最中だった。 (でも、本当に義人だったのかしら) 昨日、夫がいない隙に昭一郎の部屋に行き、どこでどんな風に義人と相手の男の事を見たのかと聞いたら、かなり曖昧だった。 義人達は暗い道の閉店した店のシャッター前に座り込んでいて、昭一郎はそれを駅のホームから見ていたらしい。 原宿なんてもう何年も行っていないが、そんなに綺麗に駅の外が見えるだろうか。 キスをしているところを見たと言っていたが、駅前の道は人通りだってかなりあるのではないか。 リビングの隅に置いてある1人掛けの机に置かれた少し古いノートパソコンは、どこかからヴィーンと重くて調子の悪そうな音がしている。 「義人が、、ねえ」 やはり信じられないと言う気持ちが大きくなった。 昭一郎には悪いが、見間違えなのではないだろうか。 真面目で不器用で、昭一郎程には愛想が良いと思えない事も多い長男だけれどそれなりに人と関わってきた。 女の子の恋人、つまり彼女だって、早乙女麻子の前にも何人かいた筈なのだ。 そんな息子が、急に「ゲイ」になるのだろうか。 検索で出たサイトは様々なものがある。 小学生の息子が女の子のような服を着たがると言う相談が投稿されたサイトや男同士のカップルのブログ、中学生のとき自分が同性愛者だと気がついた人の本、「ゲイ」と言う言葉・人間の説明、そもそも性別とは?と言う論文の様な文章もある。 けれどどれに目を通しても咲恵自身が、確かに義人はゲイかもしれない、と思うに至る経緯や経験談などはなかった。 当てはまらないのだ。 (やっぱり、違う気がする。義人じゃなかったのよ、きっと) そう思った。 いや、そう思おうとしているのだと、彼女自身認めたくはないがどこかで気付いている。 検索し始めてしばらく経ったので治ったけれど、パソコンで同性愛について調べてみようと思い立ったときはカタカタと手が震えていた。 マウスでダブルクリックしなくていいところで間違えてダブルクリックしてしまったりもあった。 (義人はそんな子じゃない。真面目で、ちょっと神経質になっちゃったけど息子だもの。良い子だし、昭一郎のことも大事にしてるし、家族のことだって、、) そこに来て、咲恵はスクロールしていたマウスを動かす手を止めた。 ひとつの記事が目の前に現れたのだ。 「、、、厳しい父親と、ゲイの、関係?」 クリックしてはいけない様な気がした。 「Sho's Slowlife」とタイトルが付けられたブログの記事の小題にそんな名前がつけられている。 それは何だか禁断の扉の様な、触れてはならないものの様な気がして咲恵は動きを止めた。 ドクン、ドクン、と耳の後ろの血管がうるさくなって、冷房をつけているのに背中を嫌な汗が流れていく。 (、違う。義人は違うから、大丈夫) マウスを動かし、カーソルをパソコン画面の右上にある×印に持っていき、カチッとそれを押して調べていたものを検索エンジンごと全て消した。 デスクトップには義昭の仕事のファイルや、昭一郎の課題のファイル、それから義人の中学・高校時代の写真をまとめたフォルダが並んでいる。 「違う。大丈夫、大丈夫」 あの記事を、見る勇気が出なかった。 義人は大丈夫だと自分に言い聞かせているが、何が大丈夫で何がダメなのかが分からなくなっている。 (義人は、ちゃんと、男の子だから。大丈夫、そんな、男の子を好きになったりしない、大丈夫) リビングはテレビもつけられておらず、部屋の中はシンとしていた。 たまに室温調整でクーラーが激しく風を吐き出す音が響くくらいだ。 よくよく耳を澄ませると、カチ、カチ、と小さく時計の秒針の音がする。 「、、、大丈夫よね、義人」 咲恵は寒いわけでもないのに自分の二の腕をさすった。 大丈夫、大丈夫、と何がどう大丈夫なのかも分からないまま、ただその言葉を自分に言い聞かせている。

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