46 / 136

第46話「変化」

「ああっああっ、そこいいっ、あっ!あっ!すごい、あっ!」 その声は、段々大きくなっている様に思えた。 「え、なに、何で」 「んー。さっきから聞こえてたんだけど、義人全然気が付いてなかったんだね」 「え、ずっと!?」 「しーっ」 「ん、ごめ、、」 背中をプールの壁に預け、義人を抱えたまま呆れた様に喘ぎ声を聞いている藤崎は、自分にもたれかかっている義人の股間がまた熱を持ち始めたのを感じながら、コテン、と彼の肩に顔を埋める。 (早く抱きたい、、ちんここんなにして、本当に可愛い) 思わず大きな声を出してしまった義人はまずかっかなあ、と壁の向こうへ耳を澄ませたが、隣の客人は彼の声になど気がつきもせず、そのまま行為を続けている様だった。 「気持ちいいっ!いいっぁあンッ!突いてえっ、奥来て、奥奥奥うっ!ぁあっ、はあんっ、いいっ!」 女性の声は高く、義人達が静かにしている分、バチャバチャと激しく水が掻き回される音と共に夜闇を裂いて響いてきた。 相当激しいのか、喘ぎ声は絶え間なく聞こえ、腰を振っている音だろうプールの水が跳ねる水音も休まる事がない。 そして、義人と藤崎がシン、としながらそちらの音を聞いている内に、反対隣のヴィラからも微かな水音が聞こえてきた。 「え、ねーえー、やだよおこんなとこで」 「だって向こうにも盛ってるカップルいんじゃん。俺たちも、ほら」 「あんっ!急におっぱい触んないでぇ」 「ッ!?」 思わず義人の肩がビクッと揺れる。 声を出さないように藤崎の肩に自分から口を押し付けると、黙って彼を抱きしめたままでいた藤崎の手が背中に回り、トン、トン、と落ち着かせるように義人の肌を優しくゆっくりと叩いてくれた。 どうやら、この辺にあるヴィラ一帯が、そう言う時間に突入してしまったらしい。 わざと聞こえるような音量で右隣のカップルが会話をしていたのは、どうにもセックスでマウントを取り合おうと言う事らしく、また左隣の女性の嬌声が大きく上がると、右隣のヴィラが少し静かになった。 (え、え、まさか、始めた!?) 「あん、おっきい、」 始まったようだ。 ザブン、と水の中に入る音がして、何やらゴソゴソとやっている。 義人は途端に緊張が増して、他人事だと言うのに身体が固まってしまい、必死に藤崎にしがみ付いた。 「俺たちはやめとく?」 「え、ッ!?」 藤崎はどちらの隣にも聞こえないくらい小さな声でそう言って、驚いて顔を上げた義人の唇に、ちゅ、と優しくキスを落とした。 「あ、だって、こ、こんなに聞こえて、」 「義人の声を誰かに聞かせたいとかじゃなくて、あのくらい夢中になってくれたらもっと気持ち良いのになあって思うんだ。だから俺、一回だけ外でできないかなあって思っただけだよ」 「え、、」 「ゲイがバレるとかじゃなくて。いっつも何か気にして、セックスの途中で気が逸れることがあったから、それやめようよって話し」 「んむ、」 また唇を奪われた。 下唇を舐められ、義人は呆気なく口を開いて藤崎の舌を口内に招き入れてしまう。 確かに藤崎が言うように、自分達の住んでいるマンションの部屋ではどこかしらに音や声が聞こえないか不安になって、たまに部屋をキョロキョロ見回してしまうときがある。 誰もいないと言うのに。 ラブホテルにはあまり行かない。 男2人はお断りと言う所が多いし、何より部屋を選んでいる最中に男女のカップルに遭遇したくなく、義人が行きたがらない。 普段は外で手を繋いだりもしないし、義人はとにかく周りを気にしていた。 それは、藤崎を守るどうこうを別にしてもそうなのだ。 「外がイヤなら中いくよ。でも、中に入ったら何にも気にせずえっちしてくれる?」 顔を逸らさせないように義人の顎を掴み、いつもよりは少し強引にキスをする藤崎。 ねちっこい舌がぬるぬると自分の口内を舐め回してくる感触に耐え切れず、義人は水中でガクガクと脚を震わせている。 「ん、、ほぼ確実にここには知り合いが誰もいないし、両隣の部屋も自分達のセックスに夢中だよ?」 藤崎は「俺とのセックスに集中しろ!」と言いたいのではなく、あくまで今以上に義人が「楽しいな」「好きだな」「気持ち良いな」と思ってくれる状況を作りたかった。 そして、こう言った事をするときに高すぎる義人の警戒心をほんの少しだけ、大丈夫だよ、と言って解きたかったのだ。 とにかく藤崎は義人が自分とするセックスに感じているストレスを減らしたい。 セックス自体をもっと好きになって欲しかった。 「俺たちのこと気にしてる人なんて絶対いないよ?」 「んっ、ぁ、、んや、ん」 ぢゅるっと舌を吸い上げられ、口内を弄られて唾液を舐め取られる。 寸止めばかりされている性器はそれだけの行為でもすぐに勃起して藤崎の性器と擦れ、その微かな刺激に義人の腰が跳ねた。 (久遠の腕、、久遠のべろ、気持ち良い、) 藤崎に諭されながらキスをしていると、壁の向こうの右隣のプールからも、少しハスキーな感じの喘ぎ声が響き始めた。 (いいな、俺もあんな風にシたい、触られたい。そしたら久遠、嬉しいかな。えっちな俺、嫌じゃないかな、、) 恥ずかしさはまだある。 外でやろうと中でやろうと、きっと自分は恥ずかしがるのだ。 けれど、両隣の人間たちは誰に聞かれようと邪魔をされようと多分お構いなしで、それが少し羨ましくもある。 あんなにセックスに夢中になれたら、それはどんなに気持ちが良いのだろう。 男女だからってあれを楽しめるのは狡すぎる気もする。 義人は腰の奥がズクンズクンと波打っているのを感じながら、昂まってきた欲求に飲まれるように目を閉じて、必死に藤崎の舌に自分の舌を絡めた。 「義人、」 「あ、」 「セックスしたい」 「っ、」 見つめてくる熱の籠った視線に捕らわれるだけで気持ちが良い。 腰の奥が疼く感覚がこんなにもしているのだと、藤崎に教えてやりたいくらいだった。 「中、入ろ」 ゴリ、と勃起した藤崎の性器を擦り付けられ、思わず息を飲む。 こんなにも強烈に求められていると理解させられた義人は、きゅうっ、と後ろの穴が締まったような気がした。 「中、中で出してっ、中っんんっ!イク、あ、イック、ぅ!イクイクイクッ、あっ!」 もうどちらかも分からない壁の向こうから、誰も何も気にしない、ただセックスに夢中になった気持ち良さそうな声が微かに聞こえてきた。 それは誰に聞かれようと関係ないと言う安心感と、相手とのセックスが最優先で、相手しか見えていないと言っているような眩しささえあった。 (俺だって、、ホントは、) そう思ったら、手が伸びた。 「い、」 「?」 義人はプールサイドに上がろうとした藤崎の腕を掴み、彼を見上げた。 美しい男は義人へ振り返って、何かを必死に言おうとしている小さな唇を見つめて切なくなり、彼のうなじに手を回して逃げられなくすると、そのままゆっくり目を閉じてもう一度義人に口付けた。 「っん、イかせて、、ここでイかせて、久遠」 「っ、、」 真っ赤になった顔と涙をためた瞳。 「欲しい」と物語るその視線を見つめ返して、藤崎はゴク、と唾を飲み込んだ。 「義人、中でいい、」 自分が言い過ぎ、求め過ぎたせいで責任を感じ、自分の要望に応えようと躍起になっている。 藤崎から見た今の義人はそんな風に思えて、彼は慌てて義人を抱き寄せ、頬を撫でながら先程とは違う方向へ説得しようと試みる。 「いやだ、ここで、今シて」 「煽んないで、頼むから。中入ろ、無理しなくていいから。傷付けたくない」 「違う、ここで、、久遠っ」 藤崎の頬を両手で包み、少しだけ踵を上げると義人は自分から彼へキスをした。 それから鼻先が触れ合いそうな距離のまま、唇が触れ合いそうな距離のまま、藤崎の勃起したそれに自分のそこを擦り付けて、誘うように艶かしい口調で続ける。 「ここでシて、、あんな風に気持ち良くなりたい。外で、シてみたい」 「傷付けたくない」 「久遠、お願い。違うから、責任感じてるとかじゃなくて、好奇心、と言うか、、」 「、、、」 義人の発言に辛抱が出来ず、藤崎は触れ合いそうな距離にあった彼の唇にふに、ふに、と自分の唇を押し当てて何とか己れを落ち着かせた。 そうでもしていないと、義人の言葉を待たずに彼が望むような恥ずかしい事を強引にしてしまいそうだったのだ。 お互いにお互いが「欲情している」と言うのだけは明確に感じ取っていた。 言葉はなくても抱いて良いだろう。 けれど藤崎は根気よく待って、義人がちゃんとどうしたいのか、どこまでができそうでどこまでがダメなのかをきちんと理解したくて、ゆっくりと彼の言葉を待った。 「俺、変なのかな、、ここでスるって考えると、すごい、いやらしい気持ちが、して」 「変じゃないよ。俺もだから」 時折り涼しい風が吹くと、温水プールで良かったな、と思った。 水の中にいても温かく、身体はそこまで冷えていない。 「人に、セックスしてるって思われたい訳じゃなくて、その、、聞こえちゃうかもってドキドキするのも、たまには、いいかなって、こう言うときにしかできないし、それに、」 「うん」 「久遠が興奮してくれるなら、すごく嬉しくて、、」 「うん」 「周りの、、隣?の人たちみたいに、その、本能のまま、みたいな。ちょっと、」 「うん」 「ど、動物みたいな、セックス、いいなあって、思っちゃった」 耳の先まで真っ赤に染まった義人を見下ろして、藤崎は一度、ハア、と身体の中の熱を吐き出すように吐息をついた。 「ぇ、」 「ごめん、興奮し過ぎて、息つかないと苦しかった」 「あ、、」 怒った?呆れられた?と藤崎のため息を心配した義人に、彼は誤解を生まないように説明をした。 理由がわかった義人は熱くなった頬にプールの水をすくってかけ、同じようにふう、と息をつく。 「義人」 「ん、」 「今日はさ、」 藤崎は彼の身体に回した腕に少し力を込め、ジッと義人の黒い瞳を見ながら口を開いた。 「新しく買ったおもちゃとかいっぱい持ってきちゃってまして、」 「えっ、、」 「だから、めちゃくちゃえっちになって、乱れて、イきまくってくれたら、嬉しいな、と思ってます」 「っ、、ん。が、頑張ります」 「あははっ、ありがとう。んん、可愛すぎる」 「ん、っ」 またちゃぷん、と音がして藤崎が義人の口を塞いだ。 大人の夜の時間は始まったばかりで、初めての状況に2人とも身体の中心を熱くさせていた。

ともだちにシェアしよう!