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第63話「責苦」
理解してしまったら、多分、義人は本当に死んでしまうだろう。
「分からないと言ったね。そういえば母さんは、いつもお前が、麻子ちゃんといてもつまらなそうだと言ってたのを思い出した」
どうしてなんだろうと思考回路を回したけれど、ロクな答えが見つからない。
時計の秒針がうるさいけれど、義昭の話を聞きたくなさ過ぎてカチ、カチ、と言う音を耳で追ってしまった。
「麻子ちゃんとも別れて、その男にしたのか」
「、、、」
「情けない」
押し潰されそうだ。
この人に、殺されそうだ。
義人はポカンと開いたままの口を閉じる事ができなかった。
心が、想いが、義昭にまさに今殺されてしまいそうで、その衝撃に驚き過ぎて、瞬きを忘れそうだった。
「私の責任だ」
「、、は?」
「そうまでして付き合ったということは、お前は最初からその気があったってことだ。お父さんと、お母さんの責任だ」
(やめて、)
途中から震え出した父の声に、義人の中には完全に罪悪感が生まれてしまっていた。
必死に拭い去って消そうにも、胸のど真ん中に居座って消えてくれない。
(やめて、違う。何で?)
もはや正常に機能していないと言うのに無理矢理に脳を使って、必死に答えを探した。
どうして子供の性癖が親のせいになるのか。
どうして謝られているのか。
何故父がここまで追い詰められているのか、と。
(お父さんたちのせいじゃない、違う。せい、とかじゃなくて、そうじゃなくて、何て言えば良いのかな、だから、だからね、聞いてよ、ねえ)
「失望しただのなんだの言っておいて、、結局、こういうことか」
義昭の目から大粒の涙が溢れていった。
流石の義人もギョッとしたが、義昭の情けない声は大の大人とも、いつもの厳格な父とも違うものだった。
「やめて、お父さん」
義人の中にある罪悪感が段々と大きくなっていて、このままでは彼の心をプチッと容赦なく潰してしまいそうだ。
父が泣く姿はいつぶりに見ただろう、と色んな感情を誤魔化すようにふわふわと考えてしまった。
「何でそうなんの」
やめてくれよ。
なんでだよ。
義人の頭の中はうるさくなってしまっている。
何で泣いてんの?
何を言おうとしてるの?
グルグルグルグルと回る頭の中には今、思考回路と呼べるものはなく、ただの混乱が起きていた。
(怖い。怖い。ああ、そうだ。怖いんだ。また傷つけられる。また怒られる。また傷つけてしまう。また失望させてしまう。また、)
その瞬間、脳裏にはまだ幼さがたっぷり残った自分と父親の、あの日の光景が蘇ってきた。
テストでいい点数が取れなくて、毎日何時間も勉強したのに上手くいかなくて、疲れて、そして結局、第一志望校に落ちた日。
塾を何度も変えくれたのに、自分に合う所を探してくれたのに、送り迎えだってしてくれたのに、いい点数が取れたときは褒めてくれたのに、なのに、受験は失敗した。
そしてあの日、小学校に上がるときに父と2人だけで約束した「怒っても叩かないで」と言う約束を破られた。
『育て方を間違えた』
その言葉と共に、あの日、思い切り頬を打たれた。
痛くて、たくさん泣いて、ずっと怒られていて、泣く事も怒られて、母も昭一郎もいない部屋に2人きりで、ずっとずっと怒られ続けた。
あの日から、義昭と義人の関係はどこか歪になってしまった。
「義人、ごめんな」
名前を呼ばれ、滲んでいた視界がパッとクリアになって、ぼろぼろになって泣いている義昭の顔がはっきりと見えた。
垂れ下がった眉が痛々しい。
震える唇を尚も開いて、今度は義昭がこれだけは伝えねばと声を絞り出す。
「育て方を、間違えたんだ」
ああ、またか。
またそうやって、俺の存在まで否定するのか。
「ぃ、や、だ、、いやだ、違う、」
それは義人にとって、本当に、どうしても聞きたくない言葉だった。
「ごめんな、義人」
「違う、違う、お父さん、違うッ!!」
「私のせいだ。お前に厳しくしすぎたんだ。だからこんなことになった、、」
「違う、お父さん聞いて、違うッ!!」
どうして否定されなきゃいけないの。
どうして自分のせいだと言うの。
何で同性愛者ではダメなの。
何で同性愛者だと貴方の子供でいられないの。
「お父さん違うッ!!」
誰かのせいなんていう、そんなものにしないで。
受け入れて。
分かって。
俺は俺でいいんだって言って。
今までの俺を殺さないで。
「お父さん聞いて!!」
「ごめんな。ごめんなぁ、義人」
「お父さんッ!!お、お母さ、」
助けて。
そう思って振り向いたけれど、母は昭一郎に抱き締められながら父親以上に泣き崩れていた。
「、、、」
小さくなった身体は家族の中で1番手足の長い昭一郎の腕の中にすっぽりと収まり、カタカタと小さく震えながら、ズッ、とたまに鼻を啜っている。
(違う、お母さん違う、お母さんのせいじゃない、誰かのせいとか、育て方とかじゃなくて、)
声に出したいのに、今の義人の舌ではうまくそれが発せられず、何よりどの言葉を先に言えばこの状況が終わるのか、皆んなが納得するのか、自分の中の重過ぎる罪悪感が消えるのかがまるでわからなかった。
「おっ、お母さんが、止めて、ればっ、、」
「え、、?」
それは、全員が自分を責めているようで、全員が義人ただ1人を責めているという状況だった。
「父親が厳しい家庭だと、ゲイに、なりやすいって、、ご、ごめんね、義人。お母さんが、お父さんにもっと、優しくしてって言ってたら、ごめんね、ごめんね、義人、ごめんね」
「、、、」
母がそう言い終わると、昭一郎の目が涙を溜めながら義人を見上げた。
「なに、してんの、兄ちゃん」
「え、」
「何してんの、ねえ。兄ちゃん、正気に戻ってよ、かっ、家族が、こんなに、」
耳を塞ぎたかった。
「家族がこんなに苦しんでるだろッ!?」
「あ、」
どうして?
じゃあこれは、俺のせい?
「あ、あ、、、あ、、」
無意識に、義人は右手を何かを探すように動かした。
けれど指先に触れる温かさはない。
「ッ、、」
いつもそこにいてくれる人がいないんだと気が付いた。
俺が危なくなったら助けてくれる。
俺が怖気付いたら手を握ってくれる。
俺が止まったら一緒に止まってくれる。
そうだ、お前が今、ここにはいない。
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