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第67話「自慰」
(なに、思い出してんだ、こんなときに、)
何を考えてるんだろう。
それでも一度思い出すと、次々と光景が頭に浮かんできてしまう。
イクときは絶対に義人の顔を見ている藤崎。
キスする瞬間、少しうっとりしたような顔で唇を重ねてくること。
フェラチオをすると、頭を撫でてくれる手の感触。
終わった後は絶対に義人を抱きしめて眠ってくれる。
嬉しそうに「好きだよ」と言ってくる、自分だけに見せてくれる笑顔。
「っ、はあ、、」
全部が好きで、全部が愛しい。
藤崎を思い出して体中にぶり返した熱が、一点に集まり始めている。
義人は必死に考えないようにしながら脚を閉じて擦り合わせ、誤魔化そうとした。
(ダメだ)
けれどもう、我慢できない。
別れなければと思うくせにそれはあまりにも現実味がなくて、逆に思い出せば思い出す程、頭の中の藤崎は義人を愛してくれていた。
あの大きな手も、低く優しい声も、キスをする手前で緩む口元も、全部が自分を愛しく思っていると教えてくれる。
「はあ、っ」
熱い吐息をこぼすと、そろりと音を忍ばせながら、自分のそこに触れた。
もう、勃ち上がり始めている。
フツフツと浮かぶ欲情に耐え切れないが、今がどういう状況かも理解できていて、頭の隅にずっと「してはいけない」とある。
それでも、抑えきれないものだった。
「っ、、!」
ずる、と布団の中で掴んだそれを下着の外に出す。
掴んだまま、自分のしている事に少し震えた。
義人の中では1番の自分の被害者は藤崎なのに、結局彼の事を思い浮かべながら何をしようとしているんだろうか、と。
自分のせいで家族が壊れそうで、自分のせいで藤崎の人生も壊してしまうかもしれないのに、それでも手が止まらない。
(醜い、、醜い、気持ち悪い、)
初めから同性愛者だった自分が作り上げてしまった今の藤崎久遠に、謝って、別れなければいけないのに。
なのに藤崎の声が甦って来て、義人の頭の中をいっぱいにする。
実際に聞いている訳ではないのに脳が麻痺して行くみたいで、熱が出て幻聴でも聞いているのかと思った。
「んっ、ぁ、」
それに任せて手を上下した。
ぶるりと弱めの快感が下肢を這い回る。
何とも言えない甘い電流が腰を突き抜け、頭までビリビリとさせてくる。
「藤崎、、ふ、じさき、、」
『義人』
耳元でそう聞こえる気がする。
その声に従うように、いつもされている手順で自分の性器を擦り上げる義人は、真っ暗な部屋の白い壁を見つめて、目を閉じて、自分に欲情したときの彼の顔を思い出す。
『義人』
呼んで。
ちゃんと目の前で、名前を呼んで。
(呼んで、藤崎)
「ッ、く、ぉ、ん、名前、っん、呼んで、っ」
愛されていた記憶が溢れて止まらない。
幸せな思い出しかなくて、ぼたぼたとまた泣き出していた。
(好き、好き、久遠が好きだよ、好きで苦しい、嫌いになれない、久遠、久遠っ)
「はあっ、、はあっ、、」
絡めた指で、裏スジをなぞる。
いつも藤崎がしてくれるみたいに、自分のそれを扱いていく。
頭の中に、誘うような表情をしている藤崎を思い浮かべると、いっそう胸が切なくなって、苦しくなって、泣いた。
「はあっ、はあっ、、はあっ」
隣の部屋には多分、昭一郎がいる。
だから聞こえないようにと、声は押し殺していた。
けれど我慢ができず、自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、何度もその名前を呼んだ。
「久遠、、く、ぉん、くおん、、!」
ギチギチと膨れ上がった自身の性器を素早く擦る。
それでも物足りないと感じるのは、もう義人の体に藤崎との行為が覚え込まされているからだろうか。
我慢しきれずに、義人は左手の中指を舐めてから後ろに忍ばせた。
何とも恥ずかしい体勢になる。
右手で前。左手で後ろをまさぐるけれど、どうにも欲しい快感は来ない。
「んっ、、はあ、久遠」
つぷ、と軽く後ろの穴に指先を埋める。
「あっ、、」
情けない声が出た。
感じている声ではなくて、そうじゃない、足りない、と言いたげな声だった。
少ししか入らないそこを必死でいじっても、無理だ。
全然、気持ち良くならない。
余計にうずいて、余計に藤崎との行為が思い出されるだけだった。
「っふ、んっ」
なんで、こんなことしてるんだろう。
何で、こんな体になったんだ。
「ッッ!、、あっ、」
尿道の入り口をほじくり、亀頭を手の平で包んでクルクルと擦ると、張りつめていた性器から堪えていた欲が吐き出された。
枕に頭を押し付けて、横向きのまま右手の中に射精をしてしまった。
肩を上下させて呼吸をし、枕元にあるティッシュに手を伸ばして紙に体液を擦り付けて丸めた。
出し切った心地よさからか、身体からは少し緊張が抜けている。
(いつから、こんな体になったんだ、、)
後ろに入れていた指を、ちゅぽっと引き抜く。
むず痒いようなやりきれない感覚が残ってしまっていた。
(、、もっと)
藤崎とのセックスと言うのはもっと気持ちが良い。
充分過ぎるくらいに甘やかして、丁寧に緊張感を取って、1番痛むだろう後ろの穴をゆっくり時間をかけてほぐしてくれる。
気持ち良くて、そして何より満たされるのだ。
身体を繋げるけれど、それは藤崎が義人と一緒に気持ち良くなりたい、愛してると伝えたい、と言う想いからする行為で、義人自身もセックスに関してはそう言うものだと思っている。
いや、藤崎もそう思ってくれていると、義人が思っている。
(好き、だ、、でも、)
よくよく考えれば、藤崎は、どういう想いで自分を抱いていたんだろう。
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