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第76話「前進」

「撮る写真はいいのばっかだし、参考作品とか選ばれまくってんだけどね。中身はクソ」 前田と西宮についての説明を終えた滝野は最後にそう言った。 「ヤバ、、それにしても全員で来て良かったのかな。私らいない方がいい?」 「いや、もう乗り込むから人数多くていいっしょ」 入山と滝野の会話を聞きながら、藤崎はひたすら滝野の後ろを追って歩いていた。 壱沿江町駅から電車に乗ってひとつ隣の駅へ。 坂大東駅(ばんだいひがしえき)で降りると、目の前に広がる商店街を抜けて遊具のない公園の中を突っ切っていた。 午後18時少し前だ。 やっと夕方が訪れた世界はセミの声に包まれて真っ赤に燃えている。 (、、変な気分だ) 2年生の夏に地元の祭りに行ったときは同じようなメンバーで、義人がいたのに。 藤崎は胸に大きな穴が空いたような気がしている。 そしてそれが堪らなく寂しく、痛みを藤崎の身体に伝えてきている。 「久遠、ごめんな」 「ん、?」 滝野が振り返ってこちらを見ながら、申し訳ない顔をしていた。 「何だよ、キモい」 「キモいって、、いや、結局時間取らせててさ」 滝野の謝罪は別段必要ではなかったが、彼は藤崎の心中を察して気を遣ってそう言ったようだった。 遠藤と光緒は里音に何が起きたかを道すがら教えてくれている。 やはり初めに「義人と連絡が取れない」と言うと、「まさか!、」と自分の携帯電話から電話をかけた里音だったが、コール音もなく「この電話は、」と電子音声が流れ始めて愕然としていた。 「こういうときにしおらしくなんなよ。お前いなかったら西宮くんまで辿り着いてないし、助かってるよ」 「んー、そっか。分かった」 先程の前田の説得が必要不可欠なのも理解できたし、説得に失敗したのが里音のせいでも滝野のせいでもない事は分かっている。 かろうじてまだ冷静さを保っていられる藤崎は焦る気持ちをグッと胸の奥に押し込んで前を向いて歩く。 これが少しでも義人に近づくことができる道なら、と信じて進むしかなかった。 事はすぐに起こった。 駅から歩いて10分程度で滝野が見慣れたマンションに着く。 オートロックはほぼ意味がなく、ついてはいるが機能はしていない為、黙って自動ドアを通りエレベーターに乗って5階で降りた。 随分古いマンションだが、部屋の中はリノベーションされていた筈だ。 西宮の部屋には張り替えられたばかりのやたらとダサい壁紙を使われた壁がひとつだけあり、よく彼が文句を言って嫌っていた。 それを背景にふざけて撮影会をしたのを覚えている。 「ここだ」 5階の角部屋で足を止めた。 表札には「西宮」と出ており、その下にマジックペンで厚紙に書かれた「前田」と言う手作りの表札がある。 少しバカっぽい字だ。 「皆んなはこっちに来てて、カメラ映るから下がってて」 「ん」 すぐそこにある階段に5人が身を隠し、滝野は1人で来たふりをしてインターホンを押した。 どうせ出てくるのは前田だ。 ドアを開けた場合は滝野が足を滑り込ませて閉められないようにして、後は男3人でこじ開ける。 ドアが開いてもチェーンを外していなかった場合はやはり閉められないように足を差し込んで、部屋の中に向かって「西宮くん!!」と叫びまくって彼を呼ぶ。 ドアすら開けてもらえない門前払いなら、ドアを叩きまくってインターホンを押しまくって何とか西宮を引き摺り出す。 考えた手はこうだった。 ピンポーン 家の中に響くチャイムの音。 暫くするとドス、ドス、と重そうな足音が迫って来た。 確実に前田だ。 ピーッ 《帰って下さい》 インターホンのカメラには滝野1人が映っている。 前田は先程電話したときよりも低く機嫌の悪い声でそう言った。 ただし、小声だ。 近くに西宮がいるのだろう。 ドアの取っ手側の壁にくっ付いている壁掛けのワイヤレスインターホンからはそんな彼の声が電子音の後に聞こえてきた。 「西宮くんと話しさせろ」 《帰って下さい》 「暴れんぞ、ここで」 《帰って下さい!》 《ん?、、前田、誰だった?》 「!」 微かにだったが、インターホンから西宮の声が聞こえた。 「西宮くん!!」 滝野はその瞬間に叫び、仕方なく最終手段にしていた筈のドアを叩きまくる作戦に瞬時に移行した。 バンッ!! 「西宮くん、滝野です!!頼むここ開けて!!聞きたいことがあるんだ!!」 ブツッと言って、インターホンの通信が切れる。 バンッ!バンッバンッ!バンッ!! もはや隠れていた5人も部屋の前に流れ出し、ドアが開くのを待つしかなかった。 西宮がダメならもう手がない。 義人への、最後の頼みの綱なのだ。 「西宮くん!!」 バンッ 「義人、佐藤義人のことなんだ!!頼むから出てきて!!」 バンッバンッ!! カチャン 「あ、?」 鍵の開く音が聞こえた気がした。 「前田」 「先輩、ダメですよ!」 「そこ退け。退かないなら、お前のこと嫌いになるぞ」 「ッッ!!え、や、やです、何でえっ!」 「じゃあ退けよこのストーカー野郎!!俺に用があんだよ滝野くんは!」 きっとドアのすぐそこにいるのだろう。 前田に邪魔されることに苛立ちながら、西宮が出てこようとしてくれているのが分かった。 いつもなら面倒くさ過ぎて前田の言うことを大体聞いてやる西宮だが、滝野の必死さに緊急事態だと察知してくれている。 「佐藤義人は俺の友達の名前なんだよ。本当にそこ退けよ。わ、別れんぞ!!」 「いやっ、いやぁあッ!」 「泣くなら退けよバカ!!」 そしてやはり、義人の名前に反応してくれたのだ。 しばらくするとロックチェーンの外れる音がして、やっとドアが開いた。 「滝野くん、ごめんね。久しぶり」 外開きのドアが開くと、玄関にサンダルを履いて立っている西宮恭次が現れた。 真っ黒で短く切られた髪と、真面目そうな顔。 やはり西宮孝臣に似ていて、目尻は少し垂れている。 Tシャツと短パン姿の彼の後ろの廊下には、やたらと大きい図体をした茶髪で一見すると爽やかな好青年がドス黒いオーラを放ちながら佇んでいた。 これが前田だ。 「久しぶり、西宮くん。騒いでごめん。あと前田、、太った?」 「幸せ太りで5キロほど」 「だよな、、開けてくれてありがとう。その、義人のことなんだけど」 「うん。えっと、後ろの人たちも関係者、、?」 恭次が困ったように笑った。 「あ、うん、そう!」 藤崎を筆頭に後ろに並んだ5人を滝野が振り返る。 こんなに簡単にドアを開けてもらえると思っていなかった滝野は少し照れて焦っていた。 入山が言うように、やはりこの人数では多過ぎたのかもしれない。 「俺の友達、兼、義人の友達。押し掛けてごめんね。前田がクソ手強いから人数増し増しで来たんだ」 「いや、分かる分かる。大丈夫。俺も体力ないとこいつの言いなりだし。とりあえず、上がる?」 「いいの?できたら、お邪魔したい」 「いいよ、全然。皆さんもどうぞ。前田、下がれ。ハウス」 「ええっ、、」 ああ、雰囲気が似てる。 藤崎は恭次を見つめてそう思った。

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