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第77話「練る」
駅から遠い分家賃が安いのか、部屋は広々としていて、恭次と前田を入れた計8人がリビングに入っても面積には余裕があった。
小綺麗な、落ち着いた家具で揃えられた部屋だ。
「テキトーに座ってね」
恭次は物腰が柔らかく落ち着いた人間だった。
とても人と関わるのが下手には見えない。
一方で、前田は女子3人に対してずっと睨みを効かせている。
やはり面倒そうな男だった。
ラグに6人がバラバラに座ると、「お茶とかいる?」と恭次が気を遣ったが、それは滝野が断っておいた。
義人の家の場所を聞いたらすぐに出て行く気でいるからだ。
「で、義人、何かあったの?と言うか義人のこと知ってるんだね」
前田を落ち着かせようと自分の隣に座らせながら、恭次はソファにぼすん、と腰を下ろす。
前田はソファの上で大きな身体を折り曲げて縮め、体育座りをした。
「知ってる。えっと、どこから話そう」
「滝野、俺が言う」
「ああ、そうだな」
滝野の隣に座っていた藤崎が口を開くと、恭次は驚く事なくそちらを向いた。
大体が初めて藤崎を見るとその顔の良さに驚いて緊張するのだが、彼は狼狽える様子もない。
「君は何回か見たことある。よく義人といるよね」
「え」
そして、彼はにこやかにそう言った。
「たまに遠巻きに見てた。見ての通りこっちにはコレがいるし、入学式以来あんまり義人とは話せてなかったんだけど、めっちゃ格好いい友達連れてるなあーって思ってたんだ」
「コレ」とは前田を指している。
そのとき、藤崎はある光景を思い出した。
入学式と言う言葉が引っかかったのだ。
体育館で行われた静美の入学式で義人の後ろの席を取ったとき、義人の隣にいたのは確かにこの西宮恭次と言う男だったのだ。
(そっか、あのときの人か)
里香も入れて3人で穏やかに笑い合っていたのを覚えている。
義人と恭次は雰囲気が似ていて、気が合うのだろうなあ、と感じたのだ。
考えてみればその頃から義人の周りにいる異性も同性も敵視していたのだと、藤崎は自分のそんな半端な記憶力に若干引いた。
「皆んな知ってるのか知らないけど、西宮恭次です。滝野くんと同じ、静美の写真科、2年生です」
「勝手に、滝野から色々聞きました。藤崎久遠です。滝野とは幼馴染みで、静美の造建の2年生」
「あ、そうか、造建か。有紀さんのいたところだ」
そこまで来て、藤崎はハッとした。
そうか、あの西宮孝臣の息子なら、菅原有紀の弟のような存在だ。
孝臣は菅原を自分の息子のようなものだと言っていたし、あの事件の責任は自分にもあると言っていた。
そして未だに恭次の父親・孝臣の会社であるREAL STYLEでは菅原が働いているのだ。
恭次はそれなりに菅原と関わりがある人間だ。
「、、、」
藤崎は義人との関係を口にする事を躊躇った。
菅原が何故大学を辞めなければならなくなったのか、誰が原因なのかを彼が知っている可能性を考えているのだ。
菅原や孝臣が下手な伝え方をしていれば、菅原が辞める原因になった「誰か」を恨んでいる可能性だってある。
「西宮くん」
「ん?」
「そのー、菅原さんが何で大学辞めたかって、知ってる?」
「え?あー、」
藤崎が黙った理由を察して口を挟んだのは滝野だった。
「造建の子に手を出した、とだけ聞いてる」
「うん、あの、、その手を出された生徒が義人なんだ」
「え、?」
流石に驚いたのか、西宮は動きをピタ、と止めた。
彼の隣にいる前田も菅原のことは聞いていたようで、別段不機嫌な顔色は変えず、ただ静かに視線を入山達から外してラグの上に座っている滝野へ移した。
「佐藤くんと俺は付き合ってます」
藤崎はやっと口を開いた。
「菅原さんは大城さんづてに俺のことを知ってて、俺と関わってる内に佐藤くんを知って、そこから色々あって、、」
「あ、え、義人、が?」
嫌そうな顔はしていないが、驚いている。
右手で唇を触り、引っ張ったりして考え込んでいるようだった。
「それで、本題を先に話していいかな」
「ああ、そうだよね、うん」
恭次には悪いが、とにかく今は先を急がなければならない。
藤崎は彼を気遣いながらも少し急いてそう言った。
「実は昨日の昼頃から佐藤くんとまったく連絡が取れないんだ」
「え」
「実家に帰った筈なんだけど、メッセも電話も繋がらないし返事が返ってこない」
「うん」
「多分、佐藤くんの両親に、俺と付き合ってることがバレたんだと思う」
「、、うん」
恭次は冷静にそれを聞いていた。
いくつもの疑問や、聞きたいこともあるだろうが全て黙って頷いてくれている。
何故か隣にいる前田が心配そうに彼の腕を掴んだ。
「携帯電話が通じない以上、佐藤くんの実家に直接出向くか、実家の連絡先が知りたいんだ。1日くらいで、と思うかもしれないけど、正直俺の中ではかなり大事なんだ。だから、中学のときに君が佐藤くんと仲良かったって早乙女さんと里香ちゃんから聞いて、ここに来た」
「、、んんー、色々整理できないけど分かったには分かった」
そう言うと、恭次は前田の目の前に手を出して彼を睨む。
「携帯」
ギッと睨むと、怯んだ表情をして前田はズボンの右の尻ポケットから恭次の携帯電話を出して渋々彼の手に乗せる。
どうやら玄関で言った「別れるぞ」が効いているらしい。
「あいつの実家の場所なら覚えてるよ。今マップで探すから待ってね。電話番号も、多分親父に連絡すれば中学の時の緊急連絡網とか残ってるから出てくると思う」
「っ、ありがとう!!」
藤崎がホッとした顔をすると、入山達も胸を撫で下ろした。
とりあえず、義人へ繋がる道ができたのだ。
最後の手段が叶って力が抜けて行く。
この先に本当に打ち当たらなければならない大き過ぎる壁があるが、それでも一度、大きく息をつけた。
「記憶だよりだから少し時間かかるかも。ごめんね」
「全然大丈夫、本当にありがとう」
「いいえ。前田、皆んなにお茶出して」
「、、はーい」
どのくらい時間がかかるかは置いておいて、一回落ち着くべきだと藤崎も思った。
自分も加えて、明らかに滝野や入山達は疲労している。
知らず知らずに藤崎自身にも気を遣わせて体力を奪っているのは知っているし、完全ではないもののこうなるかもしれないと言う覚悟ができていた藤崎と違い、彼らは急に「義人が」と言われ、次々と進む義人の捜索に巻き込まれているのだ。
その疲れを、恐らく恭次も感じ取っている。
滝野は彼にひと通り一緒にいるメンバーの紹介をした。
「と言うかさ、藤崎」
「ん?」
「アンタその格好で行く気?」
前田が雑に分配した麦茶の入ったグラスを受け取り、ひと口飲んでから入山が声をかけた。
6人は黒いラグに丸くなるように座っている。
「、、ダメかな、やっぱ」
気になっていない訳ではなかった。
もしこれがお付き合いや結婚の挨拶なら、確かに藤崎の見た目はまずいものがある。
明るいミルクティベージュの髪に派手な顔。
そして今日の服装はTシャツにチノパン姿だ。
ラフ過ぎるし、いかにもチャラついた現代的な大学生ファッション過ぎる。
「厳しい人なんでしょ?佐藤のお父さん。だったらスーツ着て髪も黒くして行かない?ちゃんとしないとそれこそ門前払いかもよ。多分、まず見た目で中身判断してくるタイプだろうし」
「入山さんに1票」
「え、?」
「え?」
1票を投じたのは、携帯電話の画面に見入ってマップで義人の実家の場所を割り出している恭次だった。
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