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第96話「出発」

「ブフッ、」 「おい」 相変わらず課題曲があるため和久井は不在。 恭次の家から戻り、また、藤崎実家から戻ってきたメンバーも入れて、藤崎、滝野、入山、遠藤、里音、光緒と再び藤崎の家に戻ってきた6人は一旦話し合い、今日は解散にするものの、明日また滝野と光緒と藤崎で義人の実家に恭次と前田と共に車に乗って行く事にした。 滝野も光緒もいざとなったときに義人を連れ出す、又は藤崎を止めると言う力技要員で選ばれた。 入山、遠藤、里音は藤崎の家で待機となった。 義昭と向き合わせるのはキツそうだと藤崎がそうお願いしたのだ。 そして21時半に解散になった藤崎と義人の家で、滝野は黒染めし終わった藤崎が風呂場から出てきたのを見てすぐに吹き出して笑い出したのだった。 「いや凄いねナハハハ!!前まではあんなに黒かったから明るく染めたのに違和感感じたのに今度は黒染めが面白く見えるわ!!」 「お前帰れよ本当に」 「なははははッ!!、嫌だよ?」 「何でだよ」 ソファにふんぞり返った滝野を呆れた表情で眺めてから、藤崎は汚れた服を着替えてから再び風呂場に行き、脱衣所にある洗濯機にTシャツを放り込もうとして、ピタ、と手を止めた。 もともと凄く古くて汚れてもいて、次に何かに使ったら捨てようとしていたものなのだ。 (捨てるか) これ1枚の為に洗濯機を回す気にもなれず、藤崎はそれをキッチンのゴミ箱まで入れに行った。 (みんなに悪かったなあ) 呼び出して、巻き込んで、夕飯も食べずに解散になってしまった事を申し訳なく思ったが、それは他の皆んなが「それぞれ一旦力を抜こう」とバラける事を選択したからと言う理由もあった。 気の知れたお互いに気を遣うのも疲れるくらい、今日は色んな事が詰め込まれ過ぎていて全員疲弊していたのだ。 「帰らなくて良いんか」 「良いんすわ。今日やることないし」 「ふうん」 けれど滝野だけはこの家に残っていた。 正直、少し助かる。 義人がいないこの部屋はやたらと広く虚しく見えて仕方なく、藤崎はここに1人でいるだけで少しずつ精神的に削られていたからだ。 帰りに駅の反対側にある薬局で黒染め用のセルフのヘアカラー剤と一緒に買って来ておいた2リットルの緑茶のペットボトルを冷蔵庫から出して、グラス2つと一緒にソファの前のローテーブルに置く。 いつもは義人がいる為か、滝野と2人きりは久々な気がした。 「今回は割と早く頼ってくれたから良かったよ」 何の気無しに隣からそう聞こえた。 藤崎は「分かってる」と言いたげな顔をしながらグラス2つにお茶を注ぎ、1つは滝野の前に寄越して、もうひとつに口を付けながらソファにボスッ、と座った。 日中いなかったせいか、寝室とリビングの境のドアも開けているし、冷房もつけているのだが熱がこもって部屋はまだ熱い。 「、、お前、まだ、怒ってんだよな」 藤崎はソファの肘掛けに触れた。 「怒ってますよー。この件に関しては許す気がない」 滝野の声は穏やかで、軽やかに部屋に響く。 ローテーブルに置かれていたリモコンを手に取ってテレビをつけると、お笑い番組が終わったところだった。 もう少しで22時だ。 「だからさあ、もうさあ、変なプライドとかいらないから、明日は義人を連れ戻して来いよ。だめだなって思ったらすぐ俺と光緒呼んで」 数年前、藤崎がたった1人だけ、本気で傷付けた女の子の話しを2人はしている。 別段藤崎は彼女に未練があるわけでも何でもない。 ただ、本当に申し訳ない、取り返しのつかない事をしたなと思っているのだ。 そしてそれを滝野は1人、ずっとずっと怒っている。 「分かってる」 「真面目気取って来いよ〜、せっかくそんなわざとらしく染めました、みたいな色の髪になったんだしさあ!アッハハハ!!やっぱキモいな?似合わねえ!」 「うざ。キモ。うざ」 ゲラゲラと笑う滝野は、怒っていたとしても、義人がいない家に藤崎1人と言うのが心配でここに残ってくれている。 彼は彼らしくいつも通り、幼馴染みに対する愛情があって行動しているのだ。 「義人帰って来たらさあ、皆んなで流しそうめんやろーよ。久遠ちゃんの実家で」 「それ、お前の家の方が良くない?」 「来ても良いけどうるっさいよ〜うちの親」 「それは知ってる」 ガハハ、と笑う滝野につられるように藤崎も口元を緩めた。 義人との通話が終わってから余計に身体に力が入っていたものの、ここでやっと少し脱力した気がする。 「、、、」 光緒と里音が取ってきてくれたスーツと革靴。 黒染めした髪。 身なりは整えた。 あとは明日、大体午前10時頃には義人の実家に着けるようにしている。 門の前で追い払われないように、いざとなったら全員で門の前で土下座するだの、塀を乗り越えるだの、色んな作戦を考えておいた。 警察を呼ばれる可能性もあったが、義人本人の口から「閉じ込められていた」とか説明してもらえれば誰かが実際に捕まると言う事はないだろう。 (帰ってこよう) 藤崎はそう誓った。 義人を連れて帰ってこよう、と。 滝野と2人でいる家も何処か寂しくて、1人でいても馴染まない。 ここにはやはり義人がいなければと思うのだ。 22時から始まったドラマを眺めながら、麦茶を注いで汗をかいたグラスに触れ、持ち上げて煽った。 冷静に行こう。 喉を過ぎていく冷たい感触に目を瞑ると、隣から滝野の笑い声が聞こえた。 義人の日常は、やはりここにあるべきだった。 「藤崎くん、似合わないね、黒」 「西宮くんまでそう言うこと言うんだね、、」 結局昨日、滝野は藤崎の家に泊まってソファに寝転がって一夜を明かした。 汗臭いからTシャツを貸して欲しいと言われ、嫌々ながらも藤崎が滝野に貸したのは自分のものだ。 義人のTシャツはサイズ的にも滝野にはキツイが、彼にわざわざ義人のものを貸したくもなかった。 黒染めした、海苔を貼り付けたような髪は無表情で感情の起伏がない光緒までも朝一番に笑わせる結果となった。 もっと自然な黒色になる方を買えば良かったのだが、よく分からなくて薬局で目についた黒染めをヒョイとカゴに入れたのがまずかったと藤崎は後悔している。 「さて、今が8時56分だから、到着は多分10時ごろかな」 「迷惑かけてごめんね」 「全然。滝野くんにはいつも迷惑かけてるから、前田が。だから使ってやって。前田を」 「先輩ぃ、、」 藤崎の漢気に感動して共感した前田はもちろん今日の運転も車を出す事も抵抗していないが、それでも恭次に冷たくされるのは堪え難かったようで涙目になっていた。 藤崎、滝野、光緒、恭次、前田。 男5人でボディサイズの大きい7〜8人は乗れる前田の車に乗り込むと、シートベルトはきっちりとつけて、前日に前田が入力し終えていた義人の実家の住所までの案内をカーナビを起動させて始めさせた。 「久遠」 「お前が名前間違えないの珍しくて気持ち悪い、、なに」 1人で最後部座席に座っていた光緒が前の席に座っている藤崎の耳元に手を寄せ、口元を近づける。 藤崎は「あ?」と聞きやすいように少し首を回した。 「スーツ決まってるな」 「全然今言う必要ない」 肩の力を抜け、と安易で少し分かりにくい冗談を言ってくる光緒を睨み付けて黙らせると、助手席からこちらを見ていた恭次に視線を合わせる。 「お願いします」 「はいよ」 マンションの駐車場から車が走り出し、藤崎は拳を握って一度大きく深呼吸をした。 (義人と一緒に帰ってこよう) そう決意して。

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