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第97話「車庫」
高速には乗らずひたすら下道で車を進め、義人の実家に着くまでは藤崎以外の4人で他愛のない会話をしていた。
義人と恭次が知り合いで仲が良かったのなら、今度は恭次達も入れて遊びたいとか、恭次はREALSTYLEに光緒と行けば良いのにとか、本当に他愛のない話題だ。
前田と光緒はもちろんあまり口を挟んではいなかったが、主に滝野と恭次が話しを盛り上げていた。
そして、藤崎は1人、窓枠に肘をついてボーッとしながら外の景色を目で追っている。
(佐藤くん連れて帰ったら、皆んなでゆっくりご飯食べたいな。どうでもいい話しして、いつも通りの時間で解散して、そしたら今日は早めに寝よう。明日になったらゆっくり話しがしたい。そもそもちゃんと寝れてるのかな?飯食ってんのかな、何か、)
ボーッとしてはいるものの、頭の中はフル回転している。
昨夜は夕飯をコンビニ弁当で済ませてから、滝野と交代でシャワーだけ浴びて、ソファと寝室のベッドに別れて眠った。
先日眠れなかった事とその日の疲れでやたらと深く、ストンと眠りに落ちたのだけは覚えている。
(違う義人に、なってないといいな)
藤崎を守ると言う強い意志や、終わった事はサラリと流すところ。
佐藤義人はそう言うものにはとても強いが、自分を賭けたときの防御力は極端に低い。
人の為なら難なく危ない事もするのに、自分の為には動けないのだ。
だからこそ藤崎がフォローしてきた。
その藤崎と言う壁がない今、義人は大丈夫だろうかと彼は気にしている。
彼の両親によって、家族によって、歪められていないかと気掛かりだった。
「、、、」
似合わない黒髪。
筋肉がついたせいか少し苦しくなったスーツ。
久しぶりに着たシャツ、久しぶりに履いた革靴。
入学式以来に着たが、靴はいいものの、スーツとシャツは少しサイズを見直すか、とぼんやり考えながらもまた脳裏には義人の姿が浮かんでいた。
『久遠が好きだッ!!』
昨日のあの通話で、義人は確かに自分の家族の前でそう叫んでくれた。
そうしなければいけないくらいに追い詰められ、別れろと責められているのは直ぐに理解できた。
しかし同時に、藤崎は待ちに待ったその言葉が聞けた事に心底幸せを感じてもいた。
(義人、)
今までだって、彼からの愛を疑ったり不安になった事はない。
けれど、いつか、と約束していた事を忘れずにここぞと言うときに声に出してくれた事は藤崎にとっては本当に嬉しいものだった。
この離れている状況でも義人の気持ちが自分に向いているなら、置かれている現状に負けずに頑張ってくれる筈だ。
藤崎のもとに戻りたい、と。
いくら自分と言うものへの執着が薄い義人であっても、恐怖心に負けず家族に立ち向かおうと思ってくれている筈だ。
(義人)
迎えに行くから、ちゃんとそこにいて。
藤崎はまた拳をグッと握り締めた。
緊張もあってか、30分程眠っていた。
「ん、、あれ、寝てた」
「んー、お前ずっと疲れてっから寝かしといたよ」
「ありがとう」
「はいよ。おはよ」
あと10分程で目的地に着きそうだと言うところで、藤崎は目を覚ました。
(首痛い)
寝方が下手で首を痛めている。
何か夢を見ていた気がするのだがもう覚えてはおらず、ただ少し、良い気分になっていた。
義人の出てくる夢だったなら覚えていたかったものだ。
「とりあえず久遠が1人で行く、でいいよな。俺たちは車待機」
「ん、そうして欲しい。ヤバくなりそうだったら呼ぶ」
義人奪還作戦は、とにかくまずは藤崎1人で乗り込ませると言う事になった。
余計な人間が増えてしまうと、ただでさえ慣れない親しみのない同性愛に困惑しているのだろう義人の家族を混乱させかねないからだ。
ちなみに、手土産は藤崎が車で寝ている隙に気を遣った滝野が途中で見つけた和菓子屋で買っておいた。
取引先の会社に行く訳でも何でもないが、持っていかないのも、と言う話しに藤崎以外のメンバーでなったのだ。
「マジでヤバくなる前に呼べよ。あと絶対義人の家族殴ったりすんなよ」
滝野は義人の事となると喧嘩っ早くなる藤崎に先に釘を刺しておく。
「しねーよ、お前相手じゃないんだから」
「冷たいわねっ、じゃなくて。あ、でも殴られそうになったらかわせよ。やり返すのはなしだけどやられる必要もない」
「はいはい」
あと5分。
もう義人の実家が見えてくると言うところまで来て、車はカーナビで初めから設定しておいた義人の実家近くのコインパーキングに向かう。
そこからは藤崎だけが徒歩で行く。
義人の実家がギリギリ目視で確認出来る範囲内にあるコインパーキングなので、もし何かあっても走って駆けつけられるだろうと男達は踏んでいた。
「藤崎くん。冷静に話し合いできなくなりそうだったり、明らかに義人を引き剥がそうとしてきたらすぐ電話して。あともしかしたら俺の名前出せばお母さんか弟なら話しが分かるかもしれないから」
「うん。ありがとうね、来てくれて」
「全然。あいつは俺の友達でもあるからね」
「うん」
「それに、この一件終わったら藤崎くんとのなれそめとか聞きたいし。前田抜きで」
「エッ」
恭次は助手席から、運転席の後ろの席に腰掛けている藤崎を見つめて笑ってくれた。
仲間外れ発言で狼狽えたが、前田はここまでもしっかりと運転してきてくれた。
今回、この2人には世話になってばかりいる。
(後でちゃんとお礼しなきゃな)
午前10時ちょうどに、車はコインパーキングに停車した。
「ッ、はあ」
藤崎は深く大きく深呼吸をして、滝野が開けたドアから外に出る。
皮肉なくらいに晴れた、眩しい青空が広がっている日だった。
「久遠」
「うん」
「とりあえず、義人も家の人もいるかいないか分からんから、いなかったら直ぐ帰って来い」
「そうする。付き合わせてごめん。ありがとな。ミツも、2人も」
駐車場のアスファルトの地面を踏みながら、藤崎は車の中へ振り返って車内を見回した。
長いようでも、たった3日で義人の実家に辿り着けたのは間違いなく友人達の助けがあってこそだった。
似合わない黒髪姿であったとしても、フッと笑った藤崎は相変わらず美しく、緊張してはいるものの、別段気落ちしてはいないのだと滝野と光緒はそれを見て安堵した。
「これもありがと。とりあえず1回目、行ってきます」
「何かあったら直ぐ連絡。怪我はなしで」
「ん」
滝野はヒラヒラと手を振った。
午前中と言えど既に炎天下になりつつある気温の中、藤崎はコク、と力強く頷くと一本道の先にある、昨日画像で確認した義人の実家の門を探しに携帯電話の地図アプリを開きながら歩き出した。
門構えの豪華な家が多い土地だった。
自動販売機は前田の車が停まったコインパーキングのそばと、何本か進んだ先の十字路の角にもうひとつある。
左手に携帯電話、右手に滝野が買っておいてくれた手土産を持って、藤崎は画面と現実を交互に見ながら歩いていく。
直ぐに汗が噴き出してきて、ズボンの尻ポケットに入れたハンカチで顔全体を拭いたくなった。
スーツのせいで首元も熱い。
旅行に行った沖縄の暑さを懐かしく思い出しつつ、湿気の嫌な蒸れも感じる。
(次の次の十字路の、先)
ひとつ目、ふたつ目、と白線の引かれた道路を数え、遠くの通りを過ぎて行く車の影を目で追って、そしてふたつ目の十字路を過ぎたそこに、見覚えのある門があった。
(ここだ、)
自分の実家と比べても大きい家だった。
インターホンのついた人が通る為の門扉の横に、車を出し入れする為の庭先にある大きな黒い格子状のスライド式の門扉がある。
どちらも地図アプリの街角画像で見たもので、表札には確かに「佐藤」と書かれていた。
「義人、、」
ゴク、と唾を飲む。
黒いインターホンのボタンを押せば、とうとうここから、義人を奪い返す為の戦いが始まる。
拍子抜け等はありえないだろう。
彼の父親の態度は先日の電話で十分わかっている。
藤崎を敵視しているし、開口一番に「帰れ」と言われる可能性だってある。
本当に、恋人の親と。
大の大人を相手にして戦わなければならない。
(帰ろう、義人)
携帯電話をズボンの尻ポケットに戻すと、左手を伸ばす。
紙袋の持ち手を握っている右手の拳が、一瞬ブルッと震えた。
(一緒に帰ろう)
もう一度強くそう思って指先を前に押すと、ピンポーン、と音が響いた。
「、、、」
言いたい事、言わなければならない事、色んな事が頭の中を巡っていてうるさい。
早く義人に会いたい。
少しで良いから触れたい。
笑い合いたい。
インターホンから返答が来るのを待ったが、待てども待てども、返事はなかった。
(あれ?)
そこでやっと、車庫に車がないのだと気が付いた。
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