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第103話「発見」

「お前が幸せな家庭を持って、大事な家族と一緒に笑って暮らしてくれるならそれでいいんだ。だから、だから、」 その言葉は義人からまるで生きる為の何かをどろどろと奪っていく様に思えた。 抱きしめて来る腕の力の弱さすら切なく胸を締め付けて来て、上手く言葉が発せず、父親にかける台詞も見つからない。 ただ、苦しかった。 胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回されて、ずっと杭を打たれている様な、チグハグな痛みと苦しみが渦を巻いている。 「幸せになってくれ」 「ッ、」 彼はそこまで来て、父が本当に何を言いたくて、どうしたいのか、何を思っているのかがやっと分かる様になって来て、やはり苦しくなった。 「美術系の仕事に付きたいならそうすればいい。お前がそう望むなら、父さんはいくらでもお金を出すし、協力する」 自分の外面や世間体が気になるから同性愛をやめろと言っているのではない。 自分が受け入れられないものから息子を離そうとしているのでも、異性愛者と言う義昭にとって正常だと思える道に義人を連れ戻そうとしているのでもない。 「家族を持ってほしいんだ」 思考回路がパンクしそうだ。 固まった身体に腕を回して背中を優しく撫でて来る父の手が、やけに大きく、優しく思えてしまった。 「こんなに愛せて、愛し返してくれるものを、お前にも持ってもらいたいんだ」 瞬間、脳裏には先程義昭が藤崎へ言った言葉が浮かんだ。 『頼む、家族を、壊さないでくれ』 「あ、ッ」 やっと分かった。 義昭はずっと自分を守っている様に思えていたし、義人と藤崎の関係を反対する理由にはそれもきっと含まれている。 しかし、彼の今回の騒ぎの根本にあるのは、あくまで家族への愛なのだ。 自分が命をかけられる程に大切なものを守りたい。 息子を、義人を守りたい。 たったそれだけで動いていたのだ。 (俺が家族だから、、愛してるからずっと、結婚して幸せになってって、思っていただけ、?) あっけらかんとした飾り気のない単純な理由だった。 そしてきっとほとんどの親が子供に願う幸せだった。 好きな人と結婚して、可愛い子供を。 幸せな家庭を築いて欲しい。 たったひとつの、ありきたりな願いだった。 (俺が大事だから、大事にしてるだけ、?) これは痛い程の親の愛だ。 自分勝手に振る舞っていたのではなく、あくまで全てが義人の為に行われている。 (お父さんは、俺を守ってるだけ?じゃあ、俺を何から守ってんの?藤崎?違うよ、藤崎は、) 「藤崎くんも、きっと、素敵な家庭を築ける子なんだろう」 「え」 義人の心を読んだかの様に、義昭はその名前を口にした。 実際には心を読んだ訳でも何でもなく、彼が見た藤崎久遠と言う人間の事を素直に話し始めたに過ぎない。 「器用そうな、格好良い子だね。背も高くて、きっとモテるんだろ。大変だなあ、、学生の身だから、きっと色々迷うだろう。義人じゃなくて、あの子もいいな、この子もいいなって」 (違う、、違う、藤崎はそんな、) でも、他に選択肢があったら? (違うんだってば、、久遠は俺が良いってずっと言ってくれてる。俺を選んだんだって、ずっと、ちゃんと教えてくれてて、) 頭の中に水が入って来るようだった。 頭蓋骨を満たして、脳を沈めて、溺死させようと迫っている。 「だからもう、自由にしてあげなさい。自由になりなさい、お互いに」 藤崎の、作る家庭。 頭にその言葉がこだまして消えないでいる。 一時期の義人がずっと気にしていたものだからだ。 全身をブルブルを震わせながら、彼は否定できない義昭からの親の愛を一身に受けていた。 「ごめんな、義人。ごめんなあ、、」 自由にするとは何だ。 違う、洗脳なんかしていないし、藤崎はずっとずっと義人を選んできた。 自分で選択して来たのだ。 自信を持って良い。 今日だって迎えに来てくれた。 これが義昭なりの愛であっても、藤崎が義人に持つ愛もまた真実であって、否定できないものの筈だ。 「ッはあ、、、はあ、っ」 慌てなくて良い。乱されなくて良い。 明日、藤崎のところに帰る、それで良い筈だ。 義人は病気ではなく、藤崎はただただ義人を愛していて、それは誰にも否定できないし、邪魔をして良いものでもない。 (耐えろ、あと少しだから、耐えろ、ッ) 義昭の行動の全てが義人への愛だと理解してしまったが為に、彼はこれまで以上にズシン、と重たく罪悪感を抱えてしまった。 本当は今すぐ父親と理解し合いたい。 ずっと喧嘩をするのも、理解できないなあと苦しむのも、分かってくれないなあと絶望を繰り返すのも耐えられない。 (認めてよ、、俺が同性愛者でもいいって、認めてよ!!) そんなに愛しているのなら、真っ直ぐ見つめて、納得して欲しい。 何も言わずに黙認でも良いから、もう否定せず、無理に守ろうとせず、流れてしまって欲しい。 親からの愛がこんなにも辛いなんて、考えたこともなかった。 「ごめんな」 謝られる度に悪者にされていく気がする。 悪役は義人で、義昭こそ、必死に家族を守っているヒーローなのではないかと錯覚して来る。 (俺がいけないの?俺がいけないの!?) 誰が悪かったのか。 誰かが悪くなければならない訳でもないのに、罪悪感から逃げたくて、義人は必死に考えた。 考えて、考えて、そして、疲れてしまった。 義昭はただ呆然と、息子の苦しみから息子を守りたいだけだから。 「女の子に生まれさせてあげられなくて、ごめん」 「え、」 突き刺さったその言葉が、胸の奥へ奥へと入っていく。 女の子に生まれたかった訳ではないけれど、それにしても、もし女の子に生まれていたならば、藤崎と恋をしてこんなに苦しくなる事などなかった。 2人とも子供が持てるし、結婚ができるし、誰もが祝福してくれただろう。 そんな事を言われてもどうにもならないのに、見開いた目から、また涙が溢れた。 「、、、」 「ごめん」 藤崎は悪くない。 義昭も悪くない。 だったら自分じゃないのか。 何もかも全部自分じゃないのか。 恋人も捨てられない、家族も捨てられないとワガママばかり並べて、駄々をこねてどちらの言う事も聞いていない。 義昭に言われた様に藤崎を捨てればこんな事にはならなかった。 藤崎が言う様にさっき藤崎に連れられてマンションに帰っておけば父や家族がこんなにぼろぼろにはならなかった。 (どうして) 家族も、恋人関係も、壊しているのはただ1人。 義人本人だ。

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