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第104話「迷走」

「私と昭一郎は、なんて言うのかな、、貴方とゆっくり話してみたいなって思ってたの」 考え方が変わった咲恵と昭一郎の素直な気持ちを彼女は口にした。 元から、誰が誰と付き合ってもきっと文句を言える様な立場はないのだが、それにしてもやはり、まだまだイレギュラーとされてしまう同性愛への偏見や心配をなくす為にも、咲恵は藤崎と義人と向き合おうとしているのだ。 彼女を見つめながら藤崎はコクンと頷く。 本当は家の中に入ってしまった義人ともう少し話して、きちんと明日迎えに来るからともう一度言いたかったのだがそれは堪えていた。 「藤崎くんといたときの義人があんまりにも幸せそうだったって昭一郎から聞いてね。だから、2人でいるところが見てみたいなあって」 母親として、これから息子が同性愛者として生きても、異性愛者として生きても、受け入れて一緒に笑っていられる様にしたい。 確かに咲恵も義昭と同じで孫が見たいだとか、可愛いお嫁さんとの結婚式を見たいだとか思う反面もまだ消えてはいないけれど、1番義人が幸せでいられる道が他にあるならそれを見てみたいとも思っている。 それが少しでも藤崎に伝わる様に彼とも話してみたかったし、藤崎と言う人間を知ってみたいのだ。 それはあくまで母親が、子供にとって危険がないかどうかを知りたいと言う単純な理由だった。 「、、ありがとうございます。チャンスをいただけて。何の説明もなしにいきなり付き合ってるって言うのはきっと、かなり、混乱させてしまったとは分かっているんです」 義人よりも小柄で、おそらく150センチと少しくらいの身長しかない彼女を見下ろし、藤崎はやんわりと微笑む。 「お話しを聞いていただけるなら、是非、義人くんも入れてお会いしたいです」 「もちろん」 咲恵もにっこりと笑った。 近所は少し騒ぎになっていたようだが、話している内に大分雰囲気は落ち着いた。 家の中の義昭と義人、昭一郎も騒いでいる様子はない。 セミの声が遠くでうるさいだけで、この住宅地一帯は静かなものだった。 「あんな様子だけど、それこそ明日は仕事に行かないといけないから、お父さん、家にいないと思うの。だから、明日また来てくれるならそのとき昭一郎も入れて少しお話ししても良いかな?」 「はい。お願いします」 突っかかる事もなく、2人は笑い合った。 「恭次くんは、ずっと2人と友達だったの?」 藤崎の後ろで会話を聞きながら、これ以上いざこざが起こる事はないだろうと安堵していた恭次は急に話しかけられ、一瞬、え?と顔を上げた。 懐かしい咲恵の姿はやはり少し老けて見えたが、母親がいなくなってからも恭次に優しくし続けて気に掛けてくれていた彼女からは少しも変わっていなかった。 「あ、いえ、義人とはずっと友達ですけど、藤崎くんとは昨日知り合いました」 すぐににっこりと笑顔を作り、恭次は「ね?」と振り向いた藤崎と視線を合わせて頷き合う。 彼らは10センチくらいは身長が違った。 「義人のこと心配して、色んな人に聞いて、実家が分かりそうな俺に連絡くれたんです」 「あ、そっか、藤崎くん分からなかったよね」 「はい」 「家に押し掛けられて、義人と一緒にいる人だーって思ったら付き合ってるって聞いて、俺びっくりしちゃって。あ、ちなみに、向こうにいる背が高いのは、俺と付き合ってる前田と言います」 「、、エッ!?」 それには流石に驚いた様で、咲恵はびっくりして目を丸くした。 恭次に指差された先にいた前田は「なにっ?なにっ!?先輩に指差されてるぅ!」と気持ちの悪い反応をしながらくねくねしている。 やはり恭次が絡むと一気に好青年の皮が剥がれ落ちてただの変態に戻る様だ。 「俺たちは高校の頃から付き合ってます」 「そうだったの、、最近の子は進んでるのね、」 「あはは」 自分達の事を話し始めた恭次へ身体ごと振り向いて、彼が咲恵の言葉に苦笑いするのを見つめた。 藤崎は少し唖然としていた。 自分と前田の事を話すメリットなんてどこにもないと言うのに、恭次は今、きっと義人と藤崎の為に咲恵を安心させようと自分達の話しを出してくれているからだ。 「進んでると言うか、まあたまたま俺たちは近くにいて、お互いにはカミングアウトできましたね。ゲイや同性愛者なんて、普通に世界各国に少なからずいますよ」 「、、、」 「俺も勿論、こんな近くに同じゲイがいたのは驚きですけど、でも正直普通のことです。明日、藤崎くんと義人とお話しされるなら、是非ゆっくり話しを聞いてあげて下さい」 にこ、と笑う恭次はどこか大人びて見えた。 そしてやはりそれが、いつぞやの西宮孝臣とかぶって見える。 親子間で色々あるように思えはするが、恭次のこのしっかりした考え方や堂々とした物言いは、あの優しくて人を怒る事が苦手な西宮だからこそ育てられたものの様に思えた。 「俺は藤崎くんの真剣さを見て、義人とのことを応援したくなってここまで連れて来ました」 トン、と藤崎の方に恭次の手が乗ると、少し離れたところで待機状態の前田が何か叫び出した。 触らないで、とか、近過ぎるとか、そんなように聞こえたが、近所迷惑だからとすぐに滝野と光緒に口を塞がれる。 「中々、俺やあいつみたいに気軽にカミングアウトできるものでもないんです」 恭次はそんな前田を気にも留めず、咲恵に笑いかけて話し続けるだけだった。 「だから、義人が今どれだけ怖がっているかもよく分かります。できたら優しくしてあげて下さい」 「、、うん。分かった、そうするね」 頷く咲恵の困った様にする笑い方は、本当に義人にそっくりだった。 ガチャン 「?」 恭次が話し終わって、明日をどうするかと言う話しをしようとした瞬間、車庫の前の可動式の門扉ではなく、人が出入りするために門扉の方が開き、昭一郎が出てきた。 「お母さん!」 「あ、昭一郎」 咲恵を呼びに来たのか、彼は走って来た様で息を切らせている。 そして呼んだ母ではなく、藤崎の隣にいる恭次を見つけて目を丸くした。 「え!?何で恭次くん、?」 「久しぶり。義人と大学一緒なんだ。藤崎くんとも友達で」 「久しぶり。あー!そっか、予備校一緒だったもんね」 彼がいる事で安心したのか、緊張したような面持ちだった昭一郎も3人のそばまで来ると少し落ち着いた表情になった。 咲恵に「打ったところは?」といくつか確認して大事ないと判断すると、フッと笑って、そして藤崎へと向き直る。 「あの、藤崎さん」 「はい」 藤崎の方が少し背が高い。 それでも大体同じくらいの身長の2人が並ぶと中々に大きく迫力があった。 昭一郎はまた少し緊張した顔をして藤崎を見つめ、ゴク、と唾を飲んでから口を開いた。 「兄から伝言で、明日、迎えに来て欲しいそうです」 「っ、、はい。伺います」 良かった、と藤崎は思った。 自分を置いて義昭を支えながら家の中に入って行ってしまった義人にその意志があると分かって安堵したのだ。 「あと、あの、すみませんでした!」 「え?」 安堵した次の瞬間に勢いよく昭一郎に頭を下げられて、キョトンとしながら彼を見下ろす。 緊張した面持ちを向けられた時点で、何か文句を言われるだろうなと身構えていたので、昭一郎のその行動は予想外であり、あまりにも唐突だったのだ。 「兄とのこと、見てしまったのも、両親に教えたのも俺です。こんなことになるって思ってなくて、普通に、焦ってしまって、その、、すみませんでした!!」 声は全然似ていないんだな、とキョトンとした顔のままの藤崎は考えていた。 そして、もう誰がどう言う理由で2人の関係をバラしたかと言うのは中々にどうでもよくなっていて、頭を下げた昭一郎を見下ろしながら、ふう、と息をつき、また笑みを浮かべて優しい声を絞り出す。 「いいえ、こちらこそすみませんでした」 「え」 あくまで大人で優しい対応をする。 藤崎自身、今、色々な事を考えたくて、義人に会えないのなら早めにこの場を立ち去りたかった。 貼り付けた様に優しい笑顔は作れても、心にあまり余裕がない。 どうにも、感じた事のない妙な胸騒ぎや、義昭に言われた事が頭に引っかかっていて落ち着けないのだ。 「困惑させてしまって、本当にすみません。明日、またきちんと伺いますから、お話しさせていただけませんか」 「はい!!あの、宜しくお願いします!」 それだけ約束を取り付けて、明日の為にと藤崎と昭一郎で連絡先を交換した。 義昭が仕事に行く事が確実になったらまず昭一郎側から連絡を入れて、時間を決めて藤崎がまたここに来る。 そう言う手筈になった。 「では、本日はこれで失礼致します。お騒がせして大変申し訳ございませんでした。明日、可能でしたら宜しくお願いします」 「こちらこそ、わざわざ来てくれてありがとう。気をつけて帰ってね」 咲恵は最後まで義人に良く似た笑顔を浮かべてくれていて、藤崎にとってそれがとても切なくてならなかった。 (会いたい) 普段強く、義人と一緒に良く笑っている彼が、帰りの車の中では一言も何も言わずに黙り込んでいた。 他の4人はそれを不安げに見つめて、どうしたのだろうかと思っている。 彼らは藤崎が義昭に何を言われたのか、遠くにいたせいで聞き取れていなかったのだ。 (会いたいよ、義人) 『頼む、家族を、壊さないでくれ』 「ッ、」 目の前に、何度もそう言ったときの義昭の顔が浮かんで消えない。 大粒の涙を途切れる事なく流しながら、自分を睨み上げ、唇を震わせて、確実に藤崎を恨んでいた。 彼は義人の家族を壊したい訳じゃない。 奪いたい訳でもない。 義人とただ一緒にいて、手を繋いでいたいだけだ。 恨まれるような事をしていると思ってもいなかった。 (俺たちの恋愛って、そんなに酷いこと、、?) 藤崎は初めて味わうその胸糞悪い感覚を1人で噛み締め、ひたすら義人の笑顔や体温を思い出そうと目を閉じた。 そうでないと、どうしたらいいのかが分からなくなりそうだった。

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