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第107話「答え」
「人を好きになって付き合うって言うのは、そこにあったもんゴッソリ貰うってことなんだから、少なくとも今までの家族の日常壊すことにはなるよ」
「、、、」
「そんなもんなんじゃねえの」
滝野はあまりにもあっけらかんと、堂々とそう言ってのけた。
寝室の冷房をつけていないからか、扇風機が回っているだけのリビングは蒸し暑い。
この人数で一部屋にいるから尚更だろうか。
「、、、」
「あ、はいはい!」
滝野の言葉に藤崎が呆気に取られていると、テレビの前に座っている入山がヒョイと手を上げる。
「私だって和久井と付き合った途端にお母さんに色々言われたよ?」
全員が不思議そうにそちらを向くと、彼女は彼女らしい快活な笑みを浮かべて、少し恥ずかしそうに言う。
「構ってくれなくて寂し〜!彼氏ばっかり〜、とか。恋人と家族の時間掻っ捌くの、そこは男同士うんぬんじゃなくない?」
「、、ああ、」
それに納得したように声を漏らして、今度は光緒が喋り出す。
「お前らの家は放任主義過ぎてそう言うの感じないだろうな。俺だって女できたときは、父さんにまた泊まりかってよく聞かれた」
「あー、パパとママは義人うぇるかーむって感じだったから、うちに溶け込むの違和感なかったもんね」
皆んなが言いたいのは、「家族を壊す」と言うセリフの理解の仕方の話しだ。
誰かと誰か、違う人間同士が関わって時間を重ねて過ごす事になるのなら、無論、それまで別の使い方をしていて、別の誰かと共有していた時間が減るのも、その時間がなくなるのもあまり前だと言う事だ。
それをいちいち言う親と、藤崎家のように相手の恋人まで巻き込んで日常にする派と別れてしまうだけで、どの恋人達であってもお互いの生活を少なからず変えてしまってはいるのだ。
「いや、そういうことじゃなくて、」
「そういうことじゃねーかもしんないけどさ」
「うん」
無論、藤崎が言いたいのはそう言う「壊す」ではないと言うのも分かってはいる。
けれど、何にしろ、どこに影響が出るにしろ、男女関わらず人と人が関われば、壊す、新しく作る、と言うのはいろんな場所で起きている。
滝野は深く考えてほしくなかったのだ。
義人と藤崎の関係が決して歪なものやイレギュラーではないと言うことを示したかった。
「だったらさ、義人の恋愛の仕方ひとつで壊れる家族って、逆になに?」
「え、、」
確かにそうだ。
そうであって、けれど難しい問題だった。
「久遠のとこも、光緒のとこも壊れない。入山のとこだって彼氏できても壊れない。西宮くんのとこも別にって感じだし、前田のとこはまあ、、あそこは元から家族バラバラで誰が何してるから分からないからノーカンにしても」
「、、、」
「お前と義人が付き合ったから、何だっての」
滝野は怒っているわけではなく、ただ本当になんだと言うのだ、と思っているだけだ。
誰も彼も誰かと付き合い、別れ、また付き合ってとしているこの世の中で、藤崎の中身も知らずに男だから家族が壊されると言っている義昭のそれが、理解ならない。
「同性愛が受け入れられないのは分かるよ。俺もはじめはお前におっかなびっくりだったよ。でもさ、話し合いもなし、顔合わせもなしでいきなり息子閉じ込めて、お前から引き離してって、順序おかしくない?大事なもんすっ飛ばし過ぎてない?」
「、、それは分かるけど」
それは男女においてもそうの筈だ。
多くの親が自分の娘、息子の恋人ならば興味があり、中身を知って付き合う事を応援するかどうかを決めるだろう。
義昭はそれをせず、男だからと全否定している。
友人であってもそうだ。
実際に見て関わったり、話を聞いたりして、友人の恋人が大丈夫かどうかを伺う。
大切なら大切なだけ、良い人なら祝福するし、もし別れた方がいいのなら進言する。
でもそれは見た目や性別だけで区別できるものだろうか。
「分かってないよ、久遠ちゃん」
「、、、」
「義人といすぎて丸くなり過ぎたな」
「は、?」
ニッと笑った滝野にデコピンを喰らい、藤崎は眉間に皺を寄せた。
「他人の普通と自分の普通をすり合わせるのは難しいんだよ」
滝野が話している間、他の全員で彼を見ていた。
いつもなら誰よりおちゃらけていてうるさいだけの男が本気で話すところを。
言葉の重たさの違いが凄まじく、本当に滝野だろうかと里音は彼の顔を覗き込んでいる。
「向こうには向こうのできあがっちゃってる常識があんだよ。それぶつけて来てんなら、こっちもこっちの常識ぶつけようよ」
「、、、俺にとっては同性愛はもう普通のことだ」
「だったらそれでいいんだよ」
「、、、」
義昭の中で出来上がってしまっている、「男同士の恋愛はありえない」と言う普通・常識を、確かに藤崎は「家族を壊すな」と言う強烈な言葉でぶつけられてしまった。
しかし例えばこの場にいるほぼ全員が、藤崎と同様で同性愛は普通のものだと思っている。
普通と言うのは、異性愛と同等で何ら変わりがないと言う事だ。
あっちもこっちも人類全体で統計を取れば多数派、少数派は分かるかもしれないが、今はそういう話しではない。
どちらもこの世にある誰かの持ってる常識で、普通の事で、立派な考え方だと言う話しだ。
今回の場合は、この両者が現時点だと争っている。
ならば、どちらかの常識をいずれかは通さねばならなくなるか、或いはお互いに腑に落ちる落とし所を見つける他ない。
譲り合って、話し合いをして、例えば黙認する代わりに藤崎との話しを義人は一切家族にしないだとか、家族は一切義人の恋愛関係に口を出さないだとか。
或いはもう、関わるのをやめて、大学を出たら完全な他人になるだとか。
それを探さなければならないのが現状だ。
今、両者の間ではまったくの常識の擦り合わせがなされておらず、義昭が一方的に否定して来ているだけで、理解し合うための場がない。
ただ義人と藤崎が否定されて傷付けられ、引き離されているだけで、害を受けているだけなのだ。
「向こうの常識通して、じゃあ全部諦めますね、なんて変な話だろ。付き合ってる2人の意見じゃなくて、家族と言っても他人が勝手に騒いでるだけだろ。だったらお前らの常識で立ち向かえよ。その権利はあんだから」
滝野の言葉に藤崎は俯いて、拳をグッと握った。
言われてみれば確かにそうだ。
傷付けて申し訳ない。
壊しかけているなら申し訳ない。
だが、だからと言って若い2人を引き裂いて良い理由になるのかは別だ。
本人達の希望ではなく、今誰がものを言っているのか、誰がワガママをしているのかと言えば、それは一歩外側にいる父親・義昭と言う人間になる。
生まれてくる子供が男か女かなんて選べない。
目の色も、性格も、得意不得意も、何に性的感情を抱くかも、親が決めることはできないししてはいけない。
そして何より、同性愛は病気でも、犯罪でもない。
だとしたら、生まれてきた「義人」を受け入れられない「親」とは、少し身勝手にも思えた。
もはや、遠慮は要らないのだ。
「藤崎、覚悟と責任どこ行った」
口を開いたのは遠藤だった。
「相手の親傷付けても、佐藤が親と一生会えなくなっても、それでも一緒にいる覚悟と、そうなったときに責任を取る意志は、どこ」
遠藤はたまにこういう話しをする。
彼女自身に恋人がいると言う話しを聞いた事はなかったが、けれど、菅原の件で義人に怒ったときの彼女の言葉や今のセリフは、十二分にも重たく響く。
人と付き合う為の覚悟と責任を問われて、藤崎は拳を痛い程握って俯いていた顔を上げた。
「そんなのとっくに、あるよ」
ただ初めて完全に自分達の関係を否定する人間に会い、それが義人の大切な父親だったからこそ、彼は驚いて怯んでいただけだ。
「譲る気も諦める気もない」
これを最後の恋にしよう、と思ったのは、義人に出会ったときだった。
知れば知る程真面目で、顔で人を選ぶ事なんてできない義人にどんどん心が惹かれていったあの入学したての4月。
最後の最後に言った告白で、藤崎は義人に確かに「結婚を前提に」と言っていた。
何が立ち塞がっても、どんな事になっても、一生隣にいたい。
それはずっと変わらない、藤崎の想いだ。
「明日迎えに行って、まずは義人と話し合う。家族とどうしたいのか。どうなったら良いと思ってるのか聞いて、答えを出す」
一瞬揺らいだ彼が立ち直ったのを見て、滝野と遠藤はホッとした。
彼らしい意志のある、我の強い顔に戻っていたからだ。
「そう言うものも全部、2人で考えたい」
分からなくなっていた事が胸の中に戻ってきた。
義人を好きになった瞬間から、彼を離す気はさらさらなかったのだ。
こんな事でつまずいて、義人を見失ってはいられない。
自分達はまだ社会に出ていなくて、どんな荒波が待ち受けているのか想像すらできない立ち位置にいる。
起こるのではないかと予想できていたこの問題に対して弱気になり過ぎた、と藤崎は自分を奮い立たせて、これから先、長いこと戦う事になるマイノリティの壁を前にして両足でしっかりと立った。
(何があっても好きだよ、義人)
2人でなら乗り越えられる。
2人だからこそ、戦おうと思える。
藤崎は前を向こうと決めた。
例えどんなに長い話し合いになっても、自分と義人が納得するところまで行こうと決めた。
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