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第132話「傷跡」

「義人」 「ん、、?」 シャワーを浴びながら2回目を終えて、またベッドに戻ってもう1回だけと行為に及んだ。 それが終わると少し眠り、気がつくと時刻は20時を回っており、窓の外は完全に暗くなっていた。 エアコンが効いている寝室で義人が目を覚ますと、いつからそうしていたのか隣に寝転がりながらこちらを見つめる藤崎と目が合った。 部屋の入り口の横にある棚の上のライトがついていて、寝室の中はぼんやりと明るい。 「、、寝なかったのかよ」 「寝たよ、少し」 「ん、そっか、、何時?」 「8時20分過ぎたとこ」 時間を確認した携帯電話の画面を消しながら、気怠げに身体を起こそうとする義人にフッと口元を緩め、藤崎も起き上がる。 寝ていたせいもあり、冷房が効き過ぎていたのか義人の肌は少し冷たくなっていた。 いや、でも、寝る前までは熱くなり過ぎていたのだから冷房が強くなっていても仕方がない。 「義人」 「ん」 そんな中、藤崎は義人の身体を引き寄せて、ベッドの上でギュッと抱き締めた。 寝起きでまだ微睡む義人はぐにゃぐにゃの視界にいる藤崎をよく見ようと何度か瞬きをして頭を起こし、彼をゆっくりと抱きしめ返す。 同じシャンプーの匂いがした。 「まだ怖い?」 確認するようにそう聞いて、とん、と彼の肩に顎を乗せる。 藤崎は体温が高いので、身体の冷えてしまっている義人には丁度いい温度だった。 「もう大丈夫」 信用できる声だ。 無理はしていないように思える。 「ん」 「義人、これ、貰って」 「ん、?」 シャワーを浴び終わった後、再びビニール袋を外された左手には包帯しか残っていない。 その手に藤崎が押し付けてきたのは、小さな茶色の紙袋だった。 「なんこれ」 「貰って」 「んん?」 カシャカシャと音を立てながらぼんやりと明るい室内で紙袋を開ける。 テープを剥がして袋をひっくり返すと、義人の左の手のひらの上に透明なビニール袋に入った金色のブレスレットが落っこちた。 「え、?」 思わず藤崎の顔を見上げる。 「開けて」 「うん」 ビニール袋から取り出したブレスレットは煌めく金色で、幅が1センチないくらいの、真ん中に細い溝がぐるっとあるシンプルなデザインをしている。 それ以外には凹凸や飾り、ねじれみたいなものはない。 本当にシンプルなものだった。 「おお、、」 「あんまり派手なの好きじゃないから、コレくらいなら良いかなって」 「え、いや、めっちゃいいよ。おしゃれ、、だけど何で?」 「んー、」 義人がブレスレットを眺めていると、唸りながら藤崎が倒れ込んできてドッと肩に頭が乗った。 「何だ、どした」 「、、手首の傷、包帯取れたら目立つだろ」 「ん?あー、多分ね」 ブレスレットを左手で持ったまま、右手は藤崎の背中に回してゆっくり撫でてやる。 パンツも履かずに全裸で眠った藤崎の背中の肌は柔らかく吸い付いてくる。 そうしながら、義人は今度は自分の左手首に巻かれた包帯を眺めた。 「包帯取れたら、毎日それ着けて」 「、、ん、分かった」 どことなく辛そうな声を出す藤崎の頭に頬を寄せて、義人は彼の背中をゆっくりゆっくり、優しくさする。 彼は何となく、昨日の午前中はきっとこれを買いに行っていたのだろうと察しがついていた。 「その傷は、俺たちが間違えてできたものだから」 ぐり、と額を義人の肩に擦り付け、藤崎は低く落ち着いた声で話し始める。 それを聞くと義人は何だか、本当にあの騒動が終わったのだなと実感した。 「うん」 「恥ずかしいものだから」 「うん」 「だから普段は隠して。義人の身体にそんなものがあるんだって、周りに見せたくない。義人はそんな人じゃない」 「、、うん」 そして藤崎が、これを自分の為に一生懸命に探してきてくれたのだと理解していた。 義人は簡単に手首を切った訳でも、簡単に何度も切る訳でもない。 それを隠すべきだと思って、行動して、こうして伝えてくれるまでに藤崎は色々な事を悩んだのだろう。 自分が傷の事を気にしてばかりいるのは義人に悪いのではないか。 「恥ずかしいもの」と義人の命を奪いかけた傷を示すのは彼に悪いのではないか。 けれど、義人となら、義人ならと、一緒に乗り越える為に見つけてきてくれた大切なものなのだ。 「家で、2人のときに見て、もうあんなことは絶対に、って思い出すのはいいと思う」 「うん」 「でも、他の人に見せるべきものじゃない。俺と義人が心の奥で思い出すべきものだから」 「うん」 今はまだ痛くて着けられないな、と義人は震える左手を膝の上に落とし、ブレスレットをシーツの上に置いた。 それから両腕で藤崎を抱き締めると、珍しくグッと力を込めた。 「ありがとう、久遠」 まだ見慣れない黒髪をわしゃわしゃと右手で撫でると、やっと藤崎の身体から力が抜けたようだった。 「大切にする。ちゃんと毎日着けるよ」 「うん」 あっという間の、夏休み中の一瞬の出来事かもしれない。 「死にたい」と思う瞬間なんて、もしかしたら多くの人が毎日のように感じているのかもしれない。 けれど本気で、死のうと思って手首を切った義人の行動は決して許されるものではない。 自分が誰に愛されて、誰がそばにいて、誰が気にしてくれているのかを理解して、痕に残るその傷を「間違え」と認めて生きていかなければならない。 「久遠、好きだよ」 「うん」 「ずっと一緒にいて」 「当たり前だよ」 「ん、ありがと」 自分も間違えも受け入れて、それでも生きていく。 それが義人と藤崎が決めた道だ。

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