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第133話「将来」

「8月31日です」 「藤崎家双子、誕生日おめでとー!!」 パンッ パンッパンッ クラッカーの筒の中から噴射された紙吹雪が床に落ちて行く。 「ありがとー皆んな!」 「毎年ありがとう」 例年通り、当日開催された藤崎と里音の双子の誕生日は彼らの両親が営む「イタリア食堂」を貸し切って行われ、双子の他には義人、滝野、入山、遠藤、光緒、和久井と言ういつものメンバーに加えて、今年は新たに恭次と前田が参加する事になった。 「はいはいはい散乱したクラッカー掃除して」 藤崎と里音に目掛けてクラッカーの中身を飛ばし終えた後、微かに香る煙たい匂いを手で払いつつ、入山の指示で全員が床にしゃがみ込む。 その光景を写真に撮りながらにこやかに笑っているのは藤崎の両親、レオンと愛生だった。 19時から開始された誕生日会は店を貸す以外は集まっているメンバーが役割分担をして料理や飾り付けを行なってある。 無論、レオンと愛生が立ち合いの元、店的にNGな事は即止めてもらう方式だった。 双子と初参加の恭次、前田だけ19時集合でその他のメンバーは店に17時集合。 飲食店アルバイトである遠藤と割と器用で料理ができる滝野、一応はやれる入山が厨房を借りて料理を作り、義人と光緒、少し遅れて参加の和久井が飾りつけ班に回った。 店内の一部、厨房の前にある長テーブルの周りのみの飾り付けはフラッグや「HAPPY BIRTHDAY」と書かれた文字のガーランド、それから金と銀、白のバルーンを何個も壁につけ、いくつかはヘリウムガスを入れて天井まで浮かせたりヒモを垂らして床に貼り付けたりしてある。 「えー、では、ゴミ拾い終わったところで改めまして。光緒はこう言うとき喋りたがらないから幼馴染み代表して俺が」 クラッカーのゴミ拾いが終わるとソファから立ち上がった滝野が奮発して買ったシャンパンが入ったグラスを掲げ、ゴホンとわざとらしく咳払いをした。 「早くしろ腹減った」 「はい久遠ちゃんはすぐそうやって文句言う〜〜!義人抑えとけ」 「イエッサ」 「んぶッ」 テーブルに並んだパスタやピザ、サラダ、フルーツポンチ、唐揚げ、ポテトに早く手が付けたくてブーブーと文句を言い出した藤崎を威嚇し、滝野は彼の隣にいる義人に藤崎を黙らせるように命じる。 悪ノリした義人が藤崎の顎を下から掴んで力を入れ、頬を潰してタコのような顔をさせて黙らせると再びゴホン、と聞こえた。 「やって参りました、な21歳のお誕生日です。今年もまあ言わなくても分かると思うけど色々ありました。久遠的にも、里音的にも。2人にとってこの1年が、また騒がしく、でも平和な1年になりますように。まだまだ仲良くしてくれよ〜!かんぱーい!!」 「かんぱーい!!」 「滝野にしては巻きだった」と思いながら、顎から手を離された藤崎も加えて全員でグラスを掲げる。 一気飲みしたのは光緒で、すぐさまソファにボスン、と座って「腹減った」と滝野にピザを取るように言っている。 早々に2杯目のシャンパンまで注ぎ始めた。 「ほっぺ痛い」 「んはは、ちょっと赤くなったな」 藤崎はシャンパンを一口飲んだ後、元から少なめに注いである義人のグラスをヒョイと取り上げて自分のグラスと一緒に手元に置いた。 一口飲んだだけだったが、酒が弱く、シャンパンもあまり得意ではない義人は言わずとも「あとは俺が飲む」とグラスを奪って行った藤崎の左手を見送り、そのままソファへと腰掛ける。 店のは相変わらず肌触りの良いソファだった。 「何食べる?取るよ」 藤崎が義人にニコニコと笑いかける。 「んー、パスタ」 「トマトソースの方?」 「うん」 誕生日の藤崎を顎で使う義人を見て入山と遠藤がクスクスと笑っている。 義人がマンションに帰ってきたあの日から、既に1週間と少しが経った。 先日、吉野に言われた通り退院から1週間が過ぎたところで一度、左腕の具合を見せに病院へ行った義人と付き添いの藤崎は、改めて包帯の下の左腕の傷を見た。 縫い合わせてあるものの、肌についた消毒の色味の悪さもあって義人はあまり傷口を直視できず、痛みもあった為に途中から少し気分も悪くなってしまった。 相変わらず淡々と喋る吉野から経過と今後の治療、リハビリについての説明を聞き、相談しながら日常生活に戻るまでの動きを話し合った。 抜糸はもう少し先になるだろうと言う。 積極的に手を動かしていく事は変わりがないが、次も1週間後、その後異常がなければ2週間、1ヶ月と受診する間隔を空けていこうと言う事になった。 今のところ傷の塞がり方は良好で、後は根気よく感覚を戻す為に動かしていくしかないようだ。 痛みが出た場合は痛み止めを飲む。 もしもしつこい痺れや取れない痛みになった場合はその都度病院に来る。 その程度で話しが終わった。 ずっと無言だった藤崎は、帰りの電車の中でフラつくように義人にもたれかかってきた。 混んでいた事もあり、出入り口の前に立って2人して吊革を掴んでいたのだが、義人は肩に埋まった彼の顔をじっと窓越しに見つめて、何の気無しにコテンと彼の頭に頬を押し付けていた。 『、、、』 傷の塞がりも、経過が良好であっても、藤崎は悲しそうにする。 それはあの騒動を引きずっている云々ではなく、義人の痛みが自分の事のように思えてならなくて辛いのだ。 『着くよ』 結局、最寄駅に着くまで藤崎は甘えるように義人にもたれていたし、義人はもう周りの目を気にしたりせず彼の好きなようにさせていた。 諦めやら罪悪感からではなく、そうやって無意識に弱ってもたれかかってきた藤崎が愛しくて、彼を受け入れていたかったのだ。 替えの包帯やガーゼもいくつか買った。 替えるときは必ず藤崎がやる事になった。 そう言って聞かなかったし、義人もそうして貰おうと甘える事にしている。 「あーあ、来年の今頃は就活真っ只中だね」 ポツ、とそんな言葉をこぼしたのはらしくもなく里音だった。 モデルをしているしやたらと細いが、彼女は基本的に運動で痩せるので食事の量は人並みだ。 今も目の前の取り皿には大盛りのサラダとパスタ、それからピザが1ピース、ドンと乗っている。 「里音ちゃんて進路どうすんの?」 そう言えば、と斜め向かいにいる入山が顔を上げる。 「このままモデル。卒業したら専属になる雑誌決まったんだ」 「うわ、すご」 「だろ?」 グッと右手の親指を立てて里音がニヤリと笑った。 里音はこのままモデル業を。 和久井はプロの指揮者に弟子入りをして活動の幅を広げつつ、コンクールに出続けるらしい。 里音が残念がったのは、どうやら来年は他の皆んなが忙しくて誕生日を祝えないかもしれないと思ったのだろう。 「滝野は?」 「ん、?」 ちょうどピザを頬張ろうとしていた滝野は義人に呼ばれて口を大きく開けたままそちらを向く。 奥歯まで真っ白で銀歯はひとつもなかった。 「やっぱり誰かに弟子入りとか?カメラマンて」 「ん?んー、、まあ、そうな」 何だか曖昧な答えが返ってきた。 「ミツは?」 「俺は父さんの会社」 「もう決まってんの?」 「決まってる」 親の七光りだとかコネだとか、そう言うものを全く気にしない光緒らしい答えだった。 懐かしい「REAL STYLE」の事務所を思い出しながら、そうなると光緒はやはり菅原と深く関わるようになるのだろうな、とも思えた。 今となってはそれも何とも思わないが、そう言えば、菅原は元気だろうか、と義人はぼんやりと考える。 「遠藤と入山は?」 やっとピザを頬張りながら、今度は滝野が2人に聞く。 テーブルを全員で囲うこの瞬間が、何だかとても大事な時間のように思えた。 「まだ悩んでる」 短く答えた遠藤。 入山も「うーん」と低く唸ってから、向かいの席にいる和久井と目を合わせた。 「一応、デザイナー、かなあ?」 「かなあ?じゃなくてそうなんでしょ。アンタがやるなら」 いまいち自信のない様子の入山に苦笑しつつも、和久井は「大丈夫だよ」と言いたげにそう言った。 「2人は?」 今度は入山から義人と藤崎にその質問が返ってくる。 次には2人が顔を見合わせていた。

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