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第134話「贈る」
深い茶色の瞳が揺れるけれど、もうそこに不安な影はなかった。
「入山と同じだよな」
視線を外して、染めたばかりのミルクティベージュの髪を眺め、変に跳ねていたところに手を伸ばす。
指に絡ませて解くと、しゃんと毛の流れに沿って下を向いた。
「店舗とかのデザイナー目指して就活」
「だろうね」
義人が淡々とそう言うと、藤崎はにこやかに頷いて2人して入山の方を向いた。
「やっぱりそうだよね。でもアンタたち同じ会社には行かなそう」
「行かないなあ、多分」
また視線を絡めると、何だか面白くなって義人と藤崎はクツクツと笑い合った。
確かに2人は同じ就職先は選ばないだろう。
お互いに目指す職業は同じでも、同じ感覚や同じテイストを追い求めている訳ではない。
それぞれが似合う場所に行く事になるだろう。
「私と敬子達は他ゼミだし疎遠になるかもしれないね」
珍しく、入山は少しネガティブな事を言い出した。
入山、義人は古畑ゼミ。
遠藤、藤崎は影山ゼミ。
同じ造形建築デザイン学科で同じクラスで知り合った4人が、それぞれのゼミに進む事によって分断される事になる。
義人と藤崎は恋人と言う間柄、同棲している事もあって離れたり疎遠になる可能性は低いが、確かに友人であるだけの入山が遠藤、藤崎の2人と疎遠になるかもしれないと考えるのは納得する部分があった。
義人も言ってしまえば遠藤とは疎遠になるかもしれない。
ゼミが別れると言うのは日常が離れると言う事だ。
あまり話さなくなってしまってそのまま卒業と言うのはあり得るのだ。
「寂しいこと言うなよ楓〜」
悪友、と言う感じの悪い顔をしてニヤつきながら、遠藤が隣にいる入山の肩に手を回した。
「疎遠になんてさせないぜっ」
「ヤダッ、イケメンッ」
「おい」
遠藤と入山がふざけてイチャつきだした途端に、気持ち悪いものを見る目で和久井が低い声を出す。
もうこんな光景は慣れたものだし、これはただのツッコミだ。
「なはは。いや、正直なとこさ。なるかもね、って。でもここまで支え合ってきたと言う事実も、深い絆も確かにある」
「あはは、そだね」
すぐにケロッとした入山がそう言ってニコッと笑うと、返すように微笑んで頷き、遠藤は肩に回していた手を外した。
2種類あるパスタの内、遠藤はカルボナーラばかりを食べている。
好物なのだろうか。
「だから今のまま、やべーときは支え合って、就活がんばろーね、皆さん」
入山がニヒッと彼女らしい快活な笑みを浮かべると、「おう!」と滝野がまたシャンパンの注がれたグラスを掲げる。
真似して周りもグラスを掲げると、はちみつ色の液体の中にいくつも泡が浮かんで消えていく。
「良いこと言うじゃない」
「ふはっ、何でオネエになるの?」
和久井が穏やかな表情で入山を見つめると、いつも通り照れたように、素直じゃない彼女が言い返した。
「まあでも結局このメンバーで集まるだろうな、とは思う」
「それな」
藤崎はチェーン店の出前で頼んだマルゲリータを頬張った。
義人はそんな彼の言葉に頷き、野菜を食わせようと藤崎の皿にサラダをこんもりと盛っておく。
放っておくと傾いた食事しか取らないので、たまにこうして義人が目を光らせて世話を焼いているのだ。
「俺と入山は同じゼミで、藤崎と遠藤が同じゼミな訳だし。疎遠にはならんよ。入山呼べば英治も来てくれるし、滝野と光緒とりいはどうせ集まってくるし」
「どうせってなんだよ」
不機嫌そうな声を出したのは光緒だった。
「恭次と前田くんも誘ったら来てくれるだろ?」
そんな彼は放っておいて、義人は顔の向きを変え、テーブルの向かいの端の方に並んで座っている2人を見つめた。
余程料理が美味いのか、前田は誰かに食えと言われて出されたものは今のところ全部食べてくれている。
身体が大きい事もあり、胃袋にもかなり入るらしい。
恭次は義人の方を向き、深くゆっくりと頷いて見せた。
「義人が心配なので」
「あ、何か保護者が増えた」
「俺は藤崎さんのファンなので!!」
「ありがとう前田!!最高にいい奴だよ!!」
「藤崎さん!!」
「あ、ごめん、義人以外と抱き合いたくはない」
「藤崎さん、、!!」
席が離れていると言うのに立ち上がって藤崎に向かって腕を広げた前田だったが、見事に拒絶されてしまった。
慰めているのか、ヒョイ、と遠藤が前田の皿にピザを置くのが見えた。
「辛いことも、大変なことも増えるだろうけど、」
「?」
「ここに帰ってこような」
急にシンとしたその場で、何も恐れずそう言ったのは義人だった。
「うん」
隣で、手元にある烏龍茶の入ったグラスを見つめて口を開いた義人を見つめ、藤崎は口元を緩めながら返事をする。
左腕の傷はまだ癒えていない。
心に負った傷もお互いにまだ癒え切ってはいない。
けれど義人が、「帰る場所があるんだ」「ここに帰って来たい」と思えて、そう口に出してくれる事が藤崎にとっては嬉しくて、グラスを持つ彼の右手に自分の左手を重ねた。
「ここで皆んなと生きていこうね」
ここでいいんだ。
ここがあるんだ。
今はそう、ただただ心が休まるのだ。
「里音、誕生日プレゼント。はい。おめでと」
「ありがと!」
「まあ、例年通り言われたやつ買っただけで申し訳ないけど」
「ぜーんぜん!嬉しいよ!」
誕生日プレゼントをそれぞれが双子に献上して行く時間になった。
義人から里音への誕生日プレゼントは欲しがっていたブランドのパジャマだ。
入山、遠藤、和久井からは韓国ものの化粧品。
滝野からはアルコール度数が低めの酒で、相変わらずテキトーな光緒からは「REAL STYLE」の新作バッグだった。
この会の新入りである恭次と前田には用意しなくていいと言ったのだが、気を遣って、老舗の果実専門店で売っている桃のゼリーを買って来てくれた。
「西宮くんと前田くんのときもお祝いしようね。絶対お返しするからね」
「お返し目的じゃないからいいよ、気にせず」
「え、でも普通にやろうよ」
藤崎も桃のゼリーを貰った。
滝野からはアルコール度数が高めの酒、入山と遠藤、和久井からは綺麗めの黒い革の靴を贈られている。
中々に値が張るものだ。
問題は光緒で、何種類ものコンドームの箱を渡された。
「お熱いわねえ」と愛生がのほほんとした顔で言ったのだが、流石にレオンからは「女の子達の前だから控えなさい」と光緒が叩かれた。
藤崎、里音の幼馴染みであり、それこそ本当に小さい頃から面倒を見て来た彼をレオンが叩くのは当たり前だ。
息子のようなものなのだから、愛の鞭だ。
ちなみに、双子達は互いにサングラスを贈り合っている。
「はいこれ」
「えっ」
そして最後に、義人がヒョイと藤崎の目の前に小さな箱を出した。
「え、、何で。今年は旅行行けたし、いいって言ったじゃん」
ぽかんとした顔が義人の方を向く。
いたずらっぽく笑って返した。
「いや、やっぱ、ものは残したいなと」
「えぇー、いいのにぃ」
「じゃあ箱離せよ、引っ張るなよ」
「超嬉しい」
「嬉しいんじゃん」
確かに今年はいらないと言う話しだった。
誕生日プレゼント自体があの2人きりの沖縄旅行だったのだ。
プレゼントだからと義人が旅行先を調べ、色々な計画をして、藤崎をもてなしつつ一緒に旅をすると言う形になった。
けれど、義人としては誕生日当日のこの日、里音にだけプレゼントを渡して藤崎には「もうあげたから」と言うのも気が引けたし、何より藤崎の身の周りに自分が選んで贈った何かが増えていく光景が彼は好きだった。
だから、と薄くて、指輪等が入っているような箱と比べると幅のあるリボンの巻かれた小さな箱を義人は藤崎に渡した。
「開けていい?」
「ん」
周りのみんながニヤニヤしながら藤崎の開ける箱を見つめる。
義人は少し居心地が悪そうな、照れた顔で同じように藤崎の手元を見ていた。
「あ、」
上品な紺色の箱の蓋を開けると、中には細い金色のブレスレットが入っていた。
「まあ、何か、お前がくれたのとデザインは違うけどものは被っちゃった」
「ぇえ、めっちゃ良い。持ってない感じの選んでくれたんだ」
「んー、そういうのはなかったかなって」
「いつ買ったの、全然気が付かなかった」
「ゼミ旅行の帰り。1人で東京駅いるとき。それなら良いかなって、ハデじゃないし」
藤崎は箱からブレスレットを取り出すと、嬉しそうにうっとりと眺めた。
確かに義人が藤崎から贈られたブレスレットとはデザインが違うが、結局同じようなものを贈り合ったのだな、とお互いにその点も嬉しくなる。
藤崎が義人から貰ったブレスレットは金色で彼が贈ったものよりも細く、輪っかの形に固まってはおらず細かなパーツが組み合わさっているので、たらん、としたフォルムだ。
「んはは。お互いハデじゃないの確認して買ったんだね」
「そうだな」
義人はまだ腕の包帯が取れていない為に贈られたブレスレットを着けられない。
けれど、もう少し治って包帯が取れたら、藤崎がくれたあのシンプルなデザインのブレスレットを着けられるのだな、と思うと、何だか傷が治っていくのが色んな意味で嬉しくて、楽しみになっていた。
「ありがとう。大事にする」
「ん」
「愛されてんなあ、久遠ちゃん」
「照れますなあ」
「はははッ!うざ!」
滝野がからかうように言った言葉にニヤついて応えると、藤崎はすぐに隣にいる義人に頼んでブレスレットを左手に着けてもらった。
キラッと店の照明の光りを反射するブレスレットを、藤崎はほのかに赤くなった顔の口元を緩めて見つめている。
「おめでとう、久遠」
プレゼントを渡し終わり、また周りがガヤガヤと騒がしくなる中、義人は小声で彼にそう言った。
「ありがとう、義人」
彼の優しい深い茶色の目に情けないくらい幸せそうに微笑む自分が写っていた。
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