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第3話

会社を出てしばらく歩いていると、ある店の前で足が止まった。 「ここのカツ丼、食べたことある?」 晃成の問いかけに、隆也は首を横に振る。 「良かった。さっ、入ろう」 スライド式のドアを開けて晃成が右側に立っているのに気づき、隆也は「失礼します」と先に店の中へと足を進める。 すぐに晃成も入ってきて、慣れたようにカウンターの一番奥へ座った。 『ここ』と言うように、晃成が自分の隣の空いている席をトントンとしているのが目に留まる。隆也は足早に歩いて隣の席に腰を下ろし、肩が触れそうな距離まで近づいた。 緊張とさっきの出来事で顔をまともに上げられない。どうすることもできずに、俯いたまま真っ直ぐにカウンターの木目を見るくらいが精一杯だ。 「結木」 「はい…」 「カツ丼、好きか?」 「へっ?」 「カツ丼、…好きか?」 「は、はい。好きです」 「そっか」 隆也は何を聞かれるのかとビクビクしていただけに、晃成の質問に一瞬呆気に取られた。 それなのにもう一度同じ質問をしてくるから、案外すんなりと顔を見合わせて答えている自分がいた。 その答えを聞いて、晃成はちょっと嬉しそうに表情を緩めた。 ーコトンー 注文することもなく、目の前にカツ丼の器が置かれた。 出来立てのカツ丼は卵の上に大きなカツが乗っていて、ホカホカと湯気を立ち上げて美味しそうな匂いが鼻へ届いてくる。 「いただきます」 晃成が手を合わせて言った。 「いただきます」 隆也も続いて手を合わせて言うと、二人はほぼ同時に割り箸を割り、カツ丼を食べ始める。 「美味しい!」 「だろ? 俺の一番のオススメ。他の奴らには秘密な」 「はい」 久々に食べたカツ丼はとても美味しい。隆也のさっきまでの緊張はいつの間にか消えて、夢中でカツ丼を頬張っていた。 「ご馳走様でした。美味しかったです」 「そう言ってもらえてよかった。美味しいものを食べれば、嫌なことも吹っ飛ぶだろ?」 「確かに…そうかもです」 「結木、もしまた何かされたりしたら…ちゃんと俺に報告しろ」 「あの…どうしてですか?」 「何が?」 「調べものって…嘘ですよね?」 「さあ…」 隆也の問いかけを晃成が濁す。 もしかして、全てわかってて助けてくれたのかな? まさかね… そんなこと、あるわけないか… 隆也はそんなことを考えながら、晃成と二人で来た道を戻っていく。 晃成の少し後ろを歩く隆也に決して振り返ることはないけれど、その歩幅はちゃんと隆也に合わせてくれている。 隆也はそう感じていた。

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