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第4話
あの日から、金本は隆也を避けるようになっていた。
だからといって何かが変わったわけでもなく、いつもと同じ時間が流れている。
ただ一つ変わったのは、隆也の視線の先には、気がつけば晃成の姿があるということだ。
無意識に見ているんだろう。
昼休みに晃成が部長室から出ていくのが見えて、よせばいいのに隆也は何故かその後ろ姿を追った。
そして見てしまった。晃成がすごく綺麗な女の人と、幸せそうに笑っている姿を…。
胸がキュッと苦しくなる。
「痛いよ…」
隆也は、拳を握りながら痛む胸に当てた。
二人は隣に並んで会社から出て行く。
隆也はただ、動くこともできずにその姿を見ていることしか出来なかった。
昼休みは食事も喉を通らず、昼休みが終わってからはひたすら仕事に没頭していた。
二人の姿を思い出さないくらいに仕事をこなしていなければ、手が止まると考えてしまう。
ーコトンー
無我夢中にPCと向き合っていると、ディスクの上に缶コーヒーが置かれた。
「あっ、ありがとうございます」
隆也がお礼を言って顔を上げると、そこに立っていたのは晃成だった。
ビックリして缶コーヒーを手に取ると同時に立ち上がってしまう。
「いいから続けて」
「あっ、僕…」
周りを見渡すと、そこには隆也と晃成の姿しかない。
嘘…なんで…
誰もいないなんて…
「新人なのに頑張ってるね」
「いえ、別に…そういうわけじゃ…」
「邪魔して申し訳ない。終わるまで待ってるから」
「待ってる?」
「これでも、ここの管理責任者だからね」
「あっ、すみません」
「いいよ。キリがいいところまで続けて」
「はい…。えっと、これも…いただきます」
「どうぞ」
優しく笑うと、晃成は部長室へと入って行った。
部長室はオフィスの奥にあって、大切な話をするときはスモークがかかるようになっているけど、普段は普通のガラス張りだ。
まさか…二人だなんて…
隆也は一気に仕事どころじゃなくなってしまう…
とりあえず、差し入れられたコーヒーをグイッと飲み干して、今やっている仕事だけでも片付けて終わりにしようと決めた。
時々、晃成の様子を伺いながら、何とか仕事を進めていく。
晃成も真剣な顔をして、デスクの上にある仕事をしているみたいだ。
優しい顔もいいけど、真剣な表情も素敵だな…
そんなことを思ってしまっている自分は、きっともう完全にイカれてる…
同じ男の人にドキドキしてるなんて…
それでも、この気持ちはもうどうにもならないということは自分が一番よくわかっていた。
ートントンー
一区切りがついてPCの電源を落とした隆也は、部長室のドアをノックした。
「はい」
「失礼します」
「終わった?」
「はい。遅くまですみませんでした」
「こっちこそ、遅くまでありがとう。夕食は?」
「この時間ですし、コンビニで買って帰ります」
「だったら、美味いラーメン屋があるから一緒にどう?」
「でも…」
晃成からの突然の誘いの返事に困っていると、
「なんか、結木になら俺の行きつけの美味い店教えてもいいって思えるんだよな」
「えっ?」
「ほらっ、仕事だと堅苦しい店ばっかりだし、たまには誰かと美味いラーメン食べたいって思うんだよ」
「その相手が僕…?」
「そうなのかもな」
「あの人は…?」
「んっ?」
「昼に一緒にいた人と行けばいいんじゃないですか?」
隆也は自分の口調がきつくなった事に焦ってしまったけど、そう気づいたときには後の祭りだ。
晃成の顔つきが少し強張った感じがしたと思ったら、ゆっくりと立ち上がり隆也へと近づいてきた。
「昼に俺が一緒にいた人…ふーん…」
「たまたま見ちゃって…ほらっ、部長とすごくお似合いだし、その人と行けば…」
隆也は焦っていた。
別に見たくて見たわけじゃない。ただ、追いかけて行ったという事実を知られたくない一心で必死だった。
「何でそんなに焦ってんの?」
「いやっ、あの、別に…」
「彼女とは行けない。不釣り合いな店だろ?」
「けど僕とは…」
「自分の行きたい美味い店に一緒に入れる」
「それって…」
「さあ…」
「訳わかんないです! あんな綺麗な人と一緒にいるのに…」
あれ?
僕…なに言って…
これじゃまるで…僕は…
「もしかして…妬いてる?」
「そんなこと…」
「俺が綺麗な人と一緒にいたら、ムカついた?」
「別に…」
「だったら何でそんなに怒ってんの?」
「怒ってなんか…」
イライラしてる…
本当はあの人が誰なのか、あなたにとってどんな存在なのか、すごく気になっている。
恋人…?
それとも…
「俺…おかしいのかも…お前がもし妬いてくれてるなら、本気で嬉しいんだけど?」
「部長…なに言ってるんですか?」
「俺は、金本みたいに無理強いはしたくない。でも…」
晃成との距離がどんどん近づいてきて、隆也の身体はあっという間に壁際までやってきた。
「あの…」
「本気になっちゃいけないってわかってるのに…」
「部長…?」
「お前が可愛いのが悪い…」
顎をくいっと持ち上げられ、唇が触れた。
えっ…
何が起きてるの?
僕たち…キスしてる?
部長は、どうして僕と…?
「なんで…」
「嫌だった?」
晃成の問いかけに、隆也は勢いよく首を横に振る。
嫌なわけじゃないけど、正直に言えば訳がわからないというのが本音だ。
あんな綺麗な人がいるのに、どうして自分にこんなことをするのか?
しかも可愛いってどういう意味なのか?
「ラーメン食べに行く?」
「はい」
ダメだとわかっているのに、隆也は晃成の問いかけに頷いていた。
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