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第5話

晃成オススメのラーメン屋は、お洒落とはかけ離れていた。 普通のサラリーマンやおじさんが気さくに入れるような、どこか懐かしさのある店だ。 前回のカツ丼同様、二人でカウンターに並んで座る。 ただ一つ変わったのは、見えないようにカウンターの下で隆也と晃成は手を握っていた。 心臓がドキドキしている… 手だってずっと震えている… これって気づかれていたりするのかな? 「お待たせしました」 店員さんがラーメンを目の前に二つ置くと、「ありがとう」と晃成が言う。 「さっ、食べよう」 「はい」 「「いただきます」」 晃成の言葉で手が解放されたと同時に、お互い手を合わせていただきますの挨拶をする。 何となくこの瞬間が心地良い。 そう思っているのは、僕だけかな? 「美味しい!」 「だろ? 仕事帰りに食べるとまた格別なんだ」 「確かに。わかる気がします」 「やっぱり、お前と来て正解だな」 嬉しそうに目尻を下げて隆也を見ている晃成。 こんな優しそうな表情もするんだ… 隆也は、晃成のその顔を見れたことで嬉しくなって思わず笑ってしまいそうになるのを必死で堪えていた。 「どうかした?」 「いえ。本当に美味しいです」 「良かった。いっぱい食べろ」 「はい」 隠し切れてなかったのか、晃成が不思議そうに聞いてきたけど、本当のことなんて言えない。 その代わりに、ラーメンが本当に美味しいという気持ちを笑顔で伝えた。 店を出た二人は、帰り道を並んで歩き出す。 「ご馳走様でした。本当に美味しかったです」 「良かった。また、来よう」 「はい…」 また…なんてあるのかな? 期待しちゃいけないってわかっているのに、その「また」という言葉を信じたいと思う自分がいる。 「結木、ちゃんと伝えておきたいことがあるんだ」 「何ですか?」 「今日一緒にいた彼女のこと」 歩いていた足を止め話を切り出した晃成の真剣な空気に、隆也に緊張が走る。 本当のことが聞きたい? それとも、聞きたくない? 隆也は、本当のことを聞いて正気でいられる自信がない。だけど、何も知らないままどんどん本気(マジ)になってしまったら、きっとこの気持ちを止めることはできなくなってしまうだろう。 今ここできちんと聞いてしまえば、気持ちをストップさせられるかもしれない。 ただの上司と部下の関係でいられるかもしれない。 「あの人は…? 部長の大切な人?」 「大切な人…というか、俺の奥さん、かな」 「奥さん…?」 「そう。彼女は社長の娘で、俺の奥さん。だから、離婚はできない。彼女のことは嫌いじゃない。けど、愛してはいない」 「えっと…僕…よくわからないです。嫌いじゃないってことは好きってことですよね?」 「好きか嫌いかでいうと、好きだ。ただ、そこに愛はないんだ」 「奥さんは? 部長のこと愛してないんですか?」 「それは、わからない」 「だって、奥さんすごく幸せそうに笑ってた…」 「波長は合うんだ。だから、お互いに苦じゃない。一緒にいて楽なんだ」 「やっぱりわからないです。結婚って、愛している人とするんじゃないんですか?」 「もちろん、そういう人たちが大半だろう。だけど、そうじゃないものもある。俺と彼女がそうであるように」 「だからって、僕に本当のことを話しても仕方ないじゃないですか!?」 隆也の頭の中は何がなんだかわからなくてごちゃごちゃになり、思わず大声を出してしまっていた。 ハッとして晃成を見ると、少し困ったように眉を下げている。 決して困らせようと思ったわけじゃないけど、どういう顔をしていいのかもわからなくて、隆也はすぐ顔を逸らした。 「結木…」 晃成の手が隆也の頬に触れる。 抵抗するように顔を背けると、今度は少し強引に手を取られ、通りの横にある路地裏へと入っていく。 壁に追いやられる形になり、隆也よりも背の高い晃成があと数センチの距離まで近づくように覆い被さってくる。 「僕はっ、僕は…」 「いいから、喋るな」 「だって…もう…」 「結木…」 真っ直ぐに隆也を見ている晃成の瞳に吸い込まれそうで、逃げられないと悟る。 僕はきっと、あなたから逃げられない。 だって、僕はもう… ゆっくりと二人の唇が重なった。 強引ではなく、とても優しいキス。 隆也にこのキスを振り払うことはできなかった。 自分の気持ちに嘘はつけなかった。 いけないとわかっていても、それでも晃成を欲しいと思ってしまったから…。

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