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第8話
「隆也!」
「悪い、遅れて…」
「いいって…この間は俺が待たせたし」
「今日は、どうした?」
「まあまあ、ここに座って…」
急遽呼び出されて弘樹との待ち合わせ場所へ向かったのは、約束の時間を30分以上すぎてからだった。
自分の席の隣に隆也を座らせると、軽く肩を組んでくる。
一トントン一
しばらくすると、個室のドアがノックされた。
「はーい」
弘樹の返事と共に静かにドアがスライドすると、開かれたドアの向こうから二人の女性が顔を覗かせている。
「遅くなってゴメンなさい。ちょっと仕事でトラブってしまって…」
「いいよ、大丈夫! 入って、入って」
「失礼します」
申し訳なさそうに謝る女性に対して、気さくに声をかけながら手招きすると、少し安心した表情になって彼女たちが二人の前へと腰掛けた。
これって…どういう状況?
「お、おい…」
思わず弘樹の肩を引き寄せて「何だよ、これ…」と耳打ちする。
「いいから、いいから」
それだけ言って隆也の肩を叩くと、前に腰かけた女性たちと話し始めていた。
明らかに男女の飲み会っぽくなってるけど…
「こいつね、俺の親友で結木隆也」
「初めまして、結木さん。私は本城香里で、友人の阪田茉莉花です」
「どうも、結木です」
流れるまま挨拶だけ済ませる。
愛想笑いで乗り切れるとは思っていないけれど、なるべく早く切り上げよう。
でもそう思っているのは隆也だけで、結局ズルズルと時間だけが過ぎていき、気がつけばすでに23時を回っていた。
「あの…もうすぐ終電の時間…」
隆也の「困ったな…」という心の声が聞こえているかのように本城香里さんが、小さな声で伝えてきた。
「そうだよね。弘樹、そろそろ」
「ああ、そうだな」
ようやく解放されると思うと、少しホッとした気持ちになる。
別に彼女たちとの時間が楽しくないわけじゃない。
だけど、やっぱり隆也には、この時間を過ごすくらいなら、一緒にいたい人がいる。
「楽しくなかったですか?」
「えっ?」
「だって、ずっと心ここに在らずって感じで愛想笑いばっかりだったように見えたから」
「えっ、あっ、ゴメッ…そういうわけじゃなくて…」
「だったら、好きな人がいるとか?」
「あっと…、その…」
「正直ですね。嘘がつけない」
「ゴメン…」
「別に謝らなくても…。ただ、私は結木さんに会えて良かったなって思ったから」
「えっ!?」
「嘘じゃないですよ。今ここにいるのが結木さんで良かったって思ってます」
店を出て、何となく自然と帰る方向が同じだった本城さんと二人で歩いていた。
彼女からの言葉は、隆也の心の内を完全に見透かされているかのようなものばかりで、嘘なんてつく隙さえなかった。
そして、真っ直ぐに伝えられた隆也への言葉も疑うことをさせないものだ。
弘樹は、別れる間際にこう言った。
「ちゃんとした恋愛をしろ。なっ?」
何が言いたかったんだろう?
ちゃんとした恋愛って、何のことだろう?
まさか、あの酔っ払って記憶のない日に隆也の知らないところで何かがあったのだろうか?
そうじゃなきゃあんなこと言うはずがない。
だって、隆也はまだ晃成との関係を誰にも打ち明けていないのだから…
「あの…、結木さん…」
「はい」
「もし、迷惑じゃなかったら…」
少し俯き加減で頬が赤くなっている本城さんのその先に続く言葉は、いくら鈍い隆也にでも想像はつく。
「迷惑とかじゃないんだけど…僕は…」
はっきり伝えなきゃいけないと思って強く拳を握って顔を上げた隆也の目の前に、
「あっ…」
本城さんの先に見つけた二人のシルエット…
こちらに向かって近づいてくる。
隆也は身体が震えていた…
一刻も早くここを立ち去りたいのに、全身が凍ったように動かない。
「結木さん?」
「ゴメン…」
「どうしたの?」
隆也の様子がおかしい事に気づいた本城さんが、隆也の視線の先へと振り返る。
奥さんと並んで歩いている晃成は、自分といる時とは明らかに違った顔をしていて、誰がどう見たってお似合いの大人のカップルだ。
スーッと隆也たちの横を通り過ぎて行く二人…
そりゃそうだよな…
隣にあんなに綺麗な人がいるのに、僕のことなんて見えるはずがない。
わかっている…
わかっているのに…
「結木さん?」
「ゴメン…僕は…やっぱり…」
今にも溢れてきそうになる涙を奥歯をグッと噛んで堪える。
「もしかして…」
「気をつけて帰ってね…」
本城さんにはそれだけ伝えるのが精一杯だった。
こうして、隆也はようやくその場から逃げるように本城さんの横を通り過ぎて行った。
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