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第9話

本木晃成は、妻である美穂子との食事の帰りに、隆也の姿を見つけた。 同年代の女性と向かい合っている。 誰が見てもわかるくらいのお似合いのカップルで、胸の奥がツンとするのを感じていた。 自分は美穂子といるにも関わらず、隆也が他の女といることに嫉妬していることを悟る。 気づいていない振りをして通り過ぎようとした瞬間に、隆也が拳を握って震えているのがわかった。 今はダメだ… そうわかっているはずなのに、晃成の頭の中には隆也の顔がチラついて離れない。 美穂子の話す言葉さえ、耳に届いてこない。 くっそっ… 冷静に対応できなくなるくらい俺の中はあいつに支配されているのか… 馬鹿だ… 本気になったって手に入らないってわかっているはずなのに… 「晃成さん、どうかしました?」 腕を軽く掴まれて問いかけられた言葉に、ようやく我に返った。 「美穂子さん、どうもしませんよ。大丈夫です」 「そうですか? 何もなさそうには見えませんけど…」 「いえ、そんなことは…」 「嘘はダメです。私たちはただでさえお互いに偽りの仮面を被っているんですから。私にまで嘘はつかなくて大丈夫です」 美穂子には、自分の感情が全てお見通しで隠せるはずがなかった。 晃成たちの関係は、初めからギブアンドテイクな関係で、包み隠さずお互いのことを打ち明けている。 「美穂子さん」 「はい」 「行ってきてもいいですか?」 「もちろんです。行ってらっしゃい」 「ありがとう」 美穂子は晃成のワガママを優しい笑顔で送り出してくれる。 晃成は、急いで歩いてきた道を戻っていく。 早く、早く、早く… 一分でも一秒でも早く… あいつをこの腕に抱きしめたい… そう思っていた。 さっきの場所まで戻ってみたけど、そこにはもう二人の姿はなかった。 どこだ… 二人はどこへ行った? ぐるりと辺りを見渡すけど、それらしい姿は見当たらない。 晃成は、とにかく駆け出す。 そんなに時間は経っていない。きっと、まだ近くにいるはずだ。 久々にこんなにも全力で走っていた。 馬鹿げている… そんなことは百も承知だ。 それでも晃成は走って隆也を探していた。 入ってきたばかりの新入社員に、昔の自分を重ねていた。 未知の世界へ飛び込んで、やる気いっぱいのキラキラした期待感に胸を弾ませているように見えた。 飲めない酒を飲んで場の空気を壊さないようにしていることにも気づいていた。 気づいていたのに、自分よりも早く金本が隆也を連れ出した時は、正直焦った。 何故だろう? と迷う晃成への答えは簡単だ。晃成は初めから隆也から目が離せなくなっていて、気がつけば隆也ばかり追いかけていた。 「結木!」 晃成は視線の先にやっとの思いで隆也の姿を見つけた瞬間、人目も気にせず叫んでいた。 そして、足を止めることなく駆け寄ると、隆也の腕を勢いよく掴む。 「部長…な、んで…」 「お前が泣いてると思ったから…」 「僕、泣いてなんか…ない…」 「もういい…」 人目なんて関係ない。 晃成は隆也の体を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。 堪らなく愛しい… こんなにも誰かを欲しいと思ったのはいつぶりだろう? 抱きしめていた腕を離して頬を両手で包み込むと、潤んだ目をした隆也が晃成を見ている。 どちらかともなく引き寄せられるように、二人は唇を重ねた。

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