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第6話(閑話休題)
よく見慣れた天井だった。蛍光灯が点いていて、真白なくらい明るい。これは、職場の、保健室の天井だな、と思う。からだは床の上にあるわけではなく、最低限のスプリングの効いたベッドの上にあるらしい。薄い枕の上に載った頭を横に向けると、閉じたクリーム色のカーテンの隙間から、いつも使っている事務机が見えた。
「せんせぇ、よそ見しちゃ、だめです」
少し舌足らずな声は来宮だ。三島の頬を両手で掴むと、正面を向かされる。来宮は三島の腹の上に載っていた。小柄な所為で、大して重たくない。というか、これはイケナイ状況なのではないだろうか。
「きのみや……っ」
まだ制服の袖の余っている来宮の腕を掴もうとする。頼むから、腹から下りて欲しい。それなのに三島の気持ちは通じる気配がない。ふふ、と笑って来宮は三島の手をとって、指を絡めた。
「せんせぇの手、大きいですね」
握る指のちからを強めたり緩めたりして、来宮は三島の手のひらの大きさを確認しているようだ。華奢な指がぴたぴたと、三島の手の甲の骨ばった部分を叩く。
「来宮、頼むから下りてくれ」
三島の腹の上で、三島と手を繋いでご機嫌な様子の来宮に懇願する。まだ三島は来宮に対して理性が働いている。それでもこれはだめなんじゃないだろうか。
来宮はこてん、と首を傾げて、「嫌です」と言った。それから少し考えてから、口を開いた。
「せんせぇが僕に触るのはだめなんですよね? でも僕が触るのはいいんじゃないかな」
獲物を狩るときのように目を細めて、来宮は「妙案を思い付いた」といったふうに言う。どうやら遂に来宮の餌食になるらしい。三島は天を仰いだ。見えたのは見慣れた職場の天井だった。これじゃあ神様は助けてくれないな、と薄っすらと絶望した。
「ああ、またよそ見をする」
ぷくぅと頬を膨らませた来宮が、こつん、と三島の剥き出しの額に額を重ねてきた。強制的に視界には来宮しか写らなくなる。ノンフレームの眼鏡をかけた顔は、まだ幼い。
「せんせぇの睫毛、数えられそうです」
嬉しそうに言う来宮の息が、唇に触れる。この状況でキスができないなんて、なんの拷問かと思う。来宮も同じ心境なのか、「キスしたいですね」と言ってくる。
「でもせんせぇがしたら、ハンザイなんですよね?」
三島からキスしたら、完全にアウトだ。「じゃあ、僕がしてあげます」
最高に可愛らしい笑顔で来宮は宣言すると、ちゅ、と三島の額にキスを落とした。柔らかな唇の感触が触れて、すぐに離れた。額に三回、目元に一回ずつ、鼻の頭は食むようにされて、頬はぺろりと舌先で舐められた。来宮の拙いキスは可愛らしくて、もどかしい。散々焦らされて、ようやく唇にキスが落ちるのかと思っていたのに、唇へのキスはなかった。正確には三島が脱力したのを確認した来宮が、絡めていた指を解いて、それを唇と唇の間に一本挟んだのだ。
「口へのキスはせんせぇからして下さい」
ね? と小首を傾けて言われた。来宮の人差し指が三島の唇をなぞる。そして、ふにふに、と唇の感触を覚えるように何度も指先をタップさせる。その指は来宮自身の唇に持って行かれた。
「今はこれで我慢するから」
ふふ、と三島の唇に触れた指先で、来宮は自身の唇を何度も触れた。満足するまでそうしてから、来宮は三島の耳元に顔を埋めた。
耳元で来宮の舌足らずな声がする。
「せんせぇ、今日は僕が齧ってあげましょうか?」
肉食の動物が味見をするように、ぺろり、と耳朶を舐められる。
びくっと肩が揺れて、そこで目が覚めた。ベッドの上で三島は両手で顔を覆った。
「最っ悪だ……」
夢は不可抗力なのかもしれないけれど、仮にも相手は生徒だ。しかも場所が職場だ。これが最悪以外の何であるものか。今日来宮に会って、まともな顔ができる自信がない。どうするべきか、頭を抱える。最適解なんて出るわけがなかった。
しばらく来宮が保健室に来ないことを願うしかない。
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