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第8話

 まず、来宮がまだ三島に好意を寄せていることに吃驚した。それからなぜ振られることが確定しているのか、と首を傾げかけて、教職員と生徒だからな、と納得する。それは散々来宮に言ってきたことだ。三島個人の気持ちは関係してはいけない。さて、なんて声をかけるべきか。まずは、好きになってくれて、 「ありがとう」  これは本心だ。来宮が三島を好きになってくれて、来宮を好きにさせてくれて、嬉しいのだ。十年遅く生まれていたらなぁ、とまだ未練たらしく思う。十年遅く生まれていたら、一緒に宿題をやったり、昼食を食べたり、他愛のない会話をして、たまに手を繋ぐこともあったかもしれない。  来宮は次に三島が放つ言葉を待っている。目尻に溜まった涙が零れそうで、危うい。それなのに視線を三島から離さない。芯の強い子だな、と思う。このあと三島が言わなければいけない言葉を、一言たりとも聞き逃すまいという意思を感じる。 「ごめんね、来宮」  つぅ、と来宮の柔らかな頬のラインを涙が一すじ流れた。それを拭ってやろうと手を伸ばすと、ぱち、と来宮の手に弾かれる。 「そんなことしないで」  きつく睨まれてしまった。 「早く、僕のことは好きじゃない、言って下さい」  ここで来宮の好意を否定すれば、三島と来宮は教職員と生徒という健全な関係になれる。来宮は思春期特有の感情に流されただけだ。それだけ。 「うん、本当にごめんね」  三島は謝罪して、来宮の眼鏡に手を伸ばす。両手でそっと眼鏡を外して、机の隅に置いた。三島の予想外の行動に、来宮が戸惑っている。涙も引っ込んで、年相応のきょとんとした顔をしている。一瞬、三島に罪悪感が湧く。それに蓋をするように、来宮の両目を手のひらで閉じさせた。 「せんせぇ?」  僅かに舌足らずな声で呼ばれる。 「ごめんね、今だけ僕は『先生』じゃなくて、悪い大人だから」  口先だけの謝罪をして、来宮の唇に自身の唇を寄せる。脳裏を、唇に人差し指をあてて「口へのキスはせんせぇからして下さい」と言う来宮が過ぎる。あの来宮は夢の来宮だったけれど、現実でも同じことを言うだろうか。  触れるかどうかのキスを一度だけした。来宮は面白い程かたまっていて、なんだかちょっと可哀想だ。手のひらを離すときに、目元に浮かんでいる涙の残りを、今度こそ拭ってやる。 「せ、せんせ……ぇ」  気の抜けている来宮に眼鏡を渡すと、大人しく眼鏡をかけた。目元も頬もちらりと覗く耳も、みんなほんのりと赤い。 「口外無用、わかるね?」  しぃ、と三島が唇に人差し指をさしてみせると、こくこく、と無言で来宮が頷いた。こればかりは内緒にしてもらわないと、三島の身が危うい。来宮もそれくらいはわかるだろう。 「せんせぇ、僕、」  これ以上来宮に喋らせるのは、得策ではない気がした。いつ他の生徒が入ってくるのかもわからないのだ。来宮の肩を持って、扉の方へ方向転換をする。 「またおいで。『相談』ならいつでものるから」  我ながら悪い大人だと思う。

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