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第10話

 来宮と視線が交わる。 「せんせぇ、僕のこと、ちゃんと好きですか?」という来宮の言葉が耳孔から入って、頭の中をぐるぐると回る。  来宮のことは好き、だと思う。脳裏を過ぎるのは放課後の保健室で、イミテーションの宝石の埋まったピアスをつけた右耳を見せびらかす来宮だ。好きになった人の分だけピアスホールを開ける来宮に、「ねぇ、せんせぇが最後のピアスになってよ」と言われた。十五、六の子供の言う最高の殺し文句だった。  普通ならばかなことを、とてきとうにいなして済ませてしまう。それができなかったのは、場の空気に飲まれたからだ。来宮吉野の目が、三島を捉えたからだ。三島は来宮の捕食性の生き物の目に捕まったのだ、というのは言い訳でしかない、のだろう。  思えば言い訳ばかりだ。言い訳をして、来宮の無垢の左耳に歯を立てた。言い訳をして、来宮に無理矢理キスをした。これで今さら遊びでした、では来宮に蹴り殺されても仕方がないと思う。  来宮のノンフレームのレンズ越しのネコ科の目を見る。今はからかうような気配はなく、口角は三島の返答次第で上がりもすれば、下がりもするだろう。まだ成長途中の体躯は三島が手を出していいものではなくて、本来なら見守っていかなければいけないものだ。 「せんせぇ?」  三島が返答に窮していることを訝しがって、来宮があの舌足らずな声で三島を呼ぶ。反射的にその声に応えたくなる。  これは重症だ。独占欲という名目で、来宮のまだ幼さの残る手指が伸びるさまを追いたいし、四肢が伸びていく時間を三島の隣で過ごして欲しい。  本当に、同級生だったならよかった。きっとこんな懊悩とは無縁だった。 「来宮とはクラスメイトだったらよかったのに、って思うよ」  これは三島の本音だ。友人として隣で笑い合って、幼い恋心を育てていく。そんな関係だったらよかった。  けれど急に来宮の目付きが剣呑になった。そして思いっ切り右脚で、三島の座る椅子のキャスターを蹴られた。二度目だ。ガコンと大きな音が立った。 「僕はっ、せんせぇだから、好きなんだっ」  来宮が一言ずつ強調して叫ぶ。きつく三島を睨む目には薄っすら涙が浮かんでいた。繋いでいた手が振り解かれそうになる。  ああ、来宮を傷付けた。答えを間違えた。  三島が伝えたいのは、そうじゃないのだ。着飾れない来宮にきちんと答えるためには、三島の悪い大人の部分と向き合わなければいけない。今何とか来宮と繋いでいる手が心地よいこと、本当はキスをしたいこと、手酷いことをしてどこまで許されるか知りたいこと。そういった敢えて直視しないでいた諸々に、三島はひとつずつ向き合わなければいけない。  そして結局来宮に降伏するのだ。答えはもう最初に出ている。  解けそうになった指を咄嗟に絡めとる。 「……僕も、来宮が好きだよ」  諸手を上げての降伏だ。全面降伏だ。  来宮を泣かせたいわけではないのだ。でも一度答えを間違えた三島に、来宮の涙を拭う権利は残っているだろうか。迷って、結局机に置いてあるボックスティッシュを来宮に差し出した。 「でも、僕の『好き』は来宮みたいにきれいじゃないんだ」  ここにきても言い訳染みたことを口にする。三島は大人だから、来宮の隣に並ぶことはきっとできない。  来宮はボックスティッシュには手を伸ばさず、自身の手の甲で無理矢理涙を拭った。眼鏡のフレームが曲がってしまうかもしれないのに、お構いなしだ。 「せんせぇが『ちゃんと好き』だって言ってくれるなら、それがどんな『好き』でもいいんです」  そういうところが子供だ。その考えはきれいで甘い。けれど汚さも苦さも知らなくていいのかもしれない。三島が教えなければ、来宮は知る機会などないのだから。  三島は来宮の未発達な両手を、それぞれ左右の手で握ってみせる。来宮曰くの、恋人の繋ぎ方だ。 「ちゃんと好きだよ」

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