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15.狼の誓い

 セルダンの裸体なら、あの夜もみた――はずだ。  しかしまともにみつめられただろうか。今、アピアンは寝台の上で、セルダンが騎士服を脱ぎ捨てるのを凝視している。騎士の正装は自分のものとちがって、ひとりで脱ぎ着できるらしい。肩飾りのついた上着、その下のシャツ、その下の肌着と、順に床に脱ぎ捨てられ、ベルトが鳴る。衣服の小山をセルダンは足で蹴り、床へ落とした。  アピアンは股間で猛る雄から目をそらす。騎士は仰向けになったアピアンの肩の横に両手をついた。唇が重なったとき、さっき自分が吐き出した精が一瞬だけかすかに匂った。でもすぐにセルダンの匂いにつつまれて、わからなくなってしまう。舌で歯の間をなぞられて、体がふたたび欲望でうずく。  セルダンは手のひらに香油の瓶を傾けた。アピアンの腹に滑る液体が垂れ、流れていく。他の誰にみせるつもりもない場所を騎士の指がさぐる。膝を曲げさせられ、腰をもちあげられるようにして、狭い穴をさらされた。 「あっ……ああ……」  すべる指がアピアンの中に侵入し、あの夜に知った快楽の中心をかすった。射精の時とはちがう、宙に浮いたままおわらない快感にアピアンのいたるところが小さく震える。同時に胸を舐められて、勝手に体がぴくりと跳ねた。奥に指を入れられたまま騎士の唇に皮膚を蹂躙されると、だんだん意識がかすんでくる。どこの快感を拾っているのか、自分でもよくわからない。 「愛しています」  騎士がささやいている。それだけはわかる。セルダンが入ってくるときの最初の衝撃は鈍い痛みと圧迫だ。太い楔が押しあてられ、侵入する瞬間は体がすくむ。なだめるように胸をいじられ、萎えかけた前を包まれて、息を吐く。呼吸するとセルダンの匂いに包まれる。すべる液体が自分の皮膚と他人の皮膚の境界をあいまいにして、中にいる男がゆっくり動きはじめると、さらに世界の境界がわからなくなる。 「ああっ、ああ、ん、ん、あ――」  セルダンの荒い息が自分の声にかぶる。律動が重なり、快感の高みに押し上げられながら、アピアンは友の名を呼んだ。  ふわっと浮かぶような感覚のなかで気がつくと、セルダンの顔がすぐ間近にあった。甘く溶けた気分のままアピアンはうっとりと微笑む。騎士の肩の下のくぼみに頭をもたせかけ、手をとって指をからめた。汗と精液の匂いがうすく漂った。 「これは夢ではない」  アピアンはつぶやいた。セルダンが眉をあげた。 「あの時おまえは……朝まで私と共にいなかった」  からめた指はアピアンの方が長く、セルダンの手のひらは分厚かった。剣の柄があたる部分が堅くなっている。  セルダンは口ごもった。 「ええ。俺は……」 「おまえはレムニスケートだ」  アピアンはしりすぼみになったセルダンの言葉を引き取った。 「誰かひとりにではなく、王家そのものに忠誠を誓う一族。私の王国に欠けてはならない者たち。なぜなら人は過ちをおかし、間違えるからだ。たとえ王であっても」  セルダンの目が困惑したように細められる。 「でも……」  唐突にアピアンは体を起こし、にぶい痛みに眉をしかめた。セルダンもがばっと起き上がり、慌てた表情になる。見下ろすと裸の胸や腕に赤い痕が散っている。 「すみません」 「おまえのしるしだな」アピアンは小さく笑った。 「俺は――」 「そう、おまえは私を愛している」  アピアンは騎士に向き直り、手を伸ばした。短い髪をつまみ、眉毛、目じり、耳の裏を指でなぞる。セルダンの背中がぶるっと震えた。 「大丈夫だ。わかっている。私にとってもおまえは唯一無二だ。この先もずっと」  両手で騎士の顔をはさみ、唇を重ねる。たがいの存在を確認しあうような優しい口づけになった。唇が離れたあともたがいに目をあわせ、自然に微笑みがこぼれる。ああ、これだ――アピアンの心に深く落ちるものがあった。ずっと私が求めていたもの。 「セルダン」  眸をじっと凝視したままささやく。 「はい」 「誓ってくれ」 「アピアン?」 「もしもこの先、私がおまえの忠誠の行き場に困るような間違いをおかしたら、その時おまえは私ではなく、王国を選ぶ」  セルダンの眸がみひらかれた。 「アピアン――」 「誓うんだ。おまえはレムニスケートだろう」  セルダンは無言だった。さっきまでの微笑みは消えている。ようやくひらいた唇から平坦な言葉が流れた。 「そんなことは起きません。あなたは間違わない」  アピアンは首をふった。 「誰にもそんなことはいえない」 「だめです。アピアン――俺には選べない」  アピアンは薄く笑った。 「もしもそんな事態になれば選ばざるをえなくなる。だからおまえは私を避けたんだ。一度は抱いたのに。堅物のレムニスケートめ」  セルダンはまた沈黙した。アピアンは騎士の右手をとると、爪の白い半月をひとつひとつなぞった。 「私はおまえのものだ。消えないしるしはやれないが……おまえは私のそばにいろ。ずっと――」 「でも、陛下は……」 「私はいずれ私自身として、陛下に認めてもらうだろう。すぐには無理でも……必ず」  セルダンの表情は堅いままだ。アピアンは騎士の指に唇を押しあてる。 「誓え。セルダン・レムニスケート。おまえの剣と一族の名にかけて」  アピアンは騎士の指を握りこむ。手のひらと同じようにところどころに堅いまめがある。力をこめたとき、セルダンが長く息を吐いた。 「わかりました。誓います」  息をついたのはアピアンもおなじだった。 「おまえの剣と一族の名にかけて?」 「ええ。俺の剣とレムニスケートが築いた王城の礎石にかけて」  騎士の腕がアピアンの肩にまわった。困ったように眉がさがり、心もとない表情になっている。アピアンは微笑んだ。 「それでこそ私の友だ」    *  セルダン・レムニスケートは騎士団長の息子で「王子の友人」だ。第二王位継承者のアピアン王子にもっとも近い友人だと、周囲の誰もがみとめている。  生まれてすぐ生みの母である前王妃を亡くしたためか、アピアン王子はずっと、あまり人を寄せつけないたちだと王宮ではみなされていた。学業には熱心で王の指示に逆らったこともないが、現王妃と王のあいだに生まれたメストリンの快活な性格にくらべると、やや大人しすぎる性格だと宮廷では評されていた。  しかし二十歳をすぎたあと、アピアン王子の心境にはなんらかの変化があったようだ。父王の指示で名代として隣国へ赴いたことがきっかけだったのか、もっと別の出来事があったのか。ともあれ、その後のアピアン王子は積極的に政務に関わるようになり、ときには王にも意見するようになった。  王家の人間は、その血の素質もあって、精霊魔術師に臆さない。アピアン王子は回路魔術師にも人気があり、また城下の庶民の店に唐突に姿をあらわすこともある。そのせいか王都の住民はだんだん、王や他の王族にはない親しみを王子に対して抱くようになった。  王子の顔立ちは前王妃に似て、肢体はすらりとのび、爽やかな雰囲気である。にもかかわらず浮いた噂がひとつもなく、妻を娶るそぶりもまったく見られない。現王にとってはこれだけが悩みの種らしいが、近頃の王子からは十代のころの繊細な雰囲気がすっかり消え去った。  よくいって飄々として肝の据わった様子に、悪くいえば肚に何を抱えているのかわからない青年に成長したともいえるが、王立学院のアダマール師はアピアン王子を買っていると、もっぱらの噂である。  そんな王子の隣にはいつも、騎士団長の息子、セルダン・レムニスケートがいる。今では王城のだれ一人として、それを不思議に思う者はいない。

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