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偉大な星たちの絵 1.八個の時計
「夜の蛍、狼の供物」から8年後の、父王へのカミングアウトエピソード。全6話予定です。
大きな手のひらがアピアンの裸の尻をつかむ。両側からぎゅっと揉まれ、同時に胸の尖りを舌でなめられる。アピアンは吐息を漏らし、広げた両足で男の腰をはさもうとするが、すぐに膝から持ち上げられ、尻の奥を晒す羽目になる。割れ目を指がたどり、敏感で繊細な部分に触れて、そっと押し開いた。
「セルダン……焦らすな」
アピアンはささやき、腰をゆらした。堅くはりつめた先端が揺れる。もっと強い刺激がほしいのに、首のあたりで響いた声は落ち着き払っている。
「ひさしぶりですから」
「だから、だ」
「駄目です」
何が駄目です、だ。そう返すまえに潤滑油で濡れた指が中に入ってくる。アピアンがどこで感じるのかをいまいましいくらいよく知っている指だ。男の舌もアピアンの弱点を知り尽くしている。胸の尖り、鎖骨、耳の裏となぞられ、アピアンは小さな叫びをあわててかみ殺した。
「ぁっ……んっ」
膝と手首をおさえつけ、アピアンを動けない状態にしたまま、騎士は低い声でささやく。
「声を出されても大丈夫です。ここには誰もいない」
アピアンは息を吐き、背中を上るように広がる甘い感覚に耐えた。
「それは嘘だ。おまえはいるぞ」
「訂正します。俺とあなただけだ」
「馬鹿をいえ。おまえに聞かせるものか」
何年も臥所をともにしている男への戯言は冗談とも本気ともつかないものになりがちだ。相手の返しもしかり。
「俺に耳を塞げと?」
「できるものならやってみろ」
「ご命令なら」
「命令……だと?」
そのとたん尻の中を探っていた指が消えた。内壁がひくひく震え、物足りなさを訴える。アピアンはのしかかる男の眸に欲望の影が揺らぐのをみる。
「焦らすなといった。これが命令――」
言葉がまだ終わらないうちに、ほぐされたところに雄の猛りが押し当てられる。アピアンの肉体は侵入を受け入れ、太い肉棒をやすやすと飲みこんだ。
「こう――ですか?」
セルダンの声から余裕が消え、アピアンはうすい微笑みをうかべた。
「ああ、そうだ……もっと……あっ……」
強くうちつけられ、揺さぶられて、体をつらぬく快感に身をまかせる。寝台は王宮よりもずっと狭く堅く、セルダンの動きにあわせて軋みをあげる。さきほどの戯言はとっくにアピアンの頭からすべりおち、喉からは快楽の叫びがこぼれだす。
「セルダン、まだ……まだだ、もっと……奥――あっ、あああっ」
つながったまま背中を持ち上げられ、位置を変えられる。アピアンは騎士の膝に抱えられ、より深く楔を打ち込まれる。揺さぶる相手の腹に自分の猛りを擦りつけ、体も心も昂るままに声をあげる。
「セルダン、セルダン――」
レムニスケートの山荘からは湖が見下ろせる。
窓の外はまだ明るいが、部屋の中は仄暗い。アピアンはけだるく甘い余韻を味わいながら敷布の上に横たわる。忠実な騎士はすぐそばにいて、アピアンの背中に腕をまわした。ぬくもりに包まれてアピアンは目を閉じる。王宮では不可能な接触に体も心も柔らかくなり、日ごろの疲れが溶けていく。
年に数回、セルダンとこの山荘でこんな時間を持つようになって数年経つ。昔は単騎でも王都から二日はかかったが、回路魔術による掘削機械の改良で山地にトンネルを建設してからというもの、道のりが大幅に短縮された。
レムニスケートの一族は領地の一角に建つこの山荘を「小屋」と呼ぶ。もとは狩り小屋だったからというのだが、なかなかどうして立派な造りで、管理は通いの使用人に任せられている。アピアンとセルダンが訪れても干渉してくることはなく、寝室でふたりが何をしていようと見とがめる者はいない。王宮ではいつも誰かの視線を意識しているアピアンには、ふたつとない貴重な場所だった。
「最近は騎士団で何をしている、セルダン・レムニスケート」
友の厚い胸に背中を預けてのんびりたずねると、首のあたりに笑いを含んだ声が返ってきた。
「どうしてそんなことを? ご存知でしょうに」
「噂ならこの耳にも入るが、今のおまえは世継ぎの近衛だ。どうすごしているかなど、私が細かく知るわけがない。叔父上とお会いしたところでおまえがいるとは限らないし」
すこし恨めしい口調になったかもしれなかった。セルダンはいま、父である現王の弟、世継ぎのアンダース殿下づきの隊にいる。
セルダンの手のひらがアピアンの片胸をそっと覆った。
「アンダース殿下は静けさを好まれる。我々は騒がしくしないように注意しています」
「そうだな。父上は近衛を見せびらかすのが好きだが、叔父上はちがう」
セルダンはアピアンを横抱きにして、指先で転がすように胸の尖りを愛撫しはじめる。ついさっきまでつながっていたというのに、アピアンの体はたちまち反応した。
「セルダン、まだ足りないのか?」
「ええ。俺だけですか?」
耳の裏にあたる吐息にアピアンの腰がぴくりと震えた。おのれに触れようと股間に手を伸ばすが、セルダンの手の方が早かった。
「アンダース殿下はご立派な方ですが、あなたのそばにいられないのは残念です」
「王宮で私の横に立っていたとしても……こんなことは――あ……できないぞ……」
ふたたび堅さを取り戻した雄に後ろをさぐられつつ、片手で股間をゆるく揉みしだかれる。セルダンが世継ぎの近衛であろうとも、王宮で親しく会話し、アピアンの私室に呼ぶこともある――なにしろ「王子の友人」なのだから。しかし他人の目や耳を気にしながらの逢瀬は味気なく、意味もない疲れを感じることもある。ところが今はどうだ。うつ伏せになって敷布を握り、犬のような姿勢で貫かれているというのに、欲望は消え去ろうとしない。
二度目を終えた頃、窓の外は夕暮れの色に染まっている。乱暴に脱ぎ捨てられた衣服を探しながら、アピアンはさりげなくいった。
「ところでセルダン。次の機会に私は父上に話すつもりだ」
上下の肌着を身につけたセルダンは、湿った敷布を寝台から剥がしている。
「何をお話しになるのです?」
「私は結婚しないと」
セルダンの手がとまり、くるりとアピアンの方をふりむいた。
「父上が結婚話を無理にまとめる前にな。私は誰とも結婚しない、そう話すだけだ」
「それは……」
「仮に私が王になるとして、私の次に王になるのは私の子である必要はない。メストリンはもう二十歳で、私とちがって女人に問題もなさそうだからな」
アピアンと母のちがう弟王子の名を出すと、セルダンはわずかに眉をあげた。
「問題――ですか」
「いや?」アピアンはセルダンにからかうような視線を向ける。「逆の意味で問題はあるかもしれないな。メストリンこそ早く結婚するべきだろう」
異母弟とはいえ、アピアンはメストリンに含むものはなかった。ただ父王とその妃とそのあいだの王子の関係に自分は入れないと感じているだけだ。メストリンはいささか軽薄なところもあるが、あけっぴろげで陽気な性格だった。何よりもアピアンにとって肝心なのは、メストリンは女性を愛するということだ。彼の王位継承順はアピアンにつぐもので、アピアンに子がなければメストリンの子がいずれ王になればいい。
「殿下、でも――」
「殿下はよせ」アピアンはすばやくいった。「ここではやめろ」
「わかりました。アピアン、あなたが決めたことなら……俺に否とはいえませんが」
アピアンは肩をすくめた。
「レムニスケート、心配するな。おまえの話をするつもりはないし、父上の前でおまえに何かを誓わせたりはしない。だがもうあれから……八年経った。おまえに誓わせてから」
セルダンの眉がまた動く。かまわずアピアンは言葉を続ける。
「おまえの父はレムニスケート当主になり、おまえも栄えある近衛騎士だ。私もいいかげん何者かになりたいものだが、父上の言い分には飽き飽きした。結婚するまでは一人前として扱えない?」喋っていると興奮がつのり、少しだけ声が高くなる。
「一生結婚しないなら一生半人前の扱いと父上がおっしゃるならそれでいい。父上が国を治めているかぎり、私は補佐にすぎないのだから」
「アピアン……」
アピアンはセルダンの前に立ち、顎をそっとつかんだ。髭がざらざらと指の腹をなでる。
「私はおまえだけでいい。おまえ以外はお断りだ」
唇を重ねようとすると向こうからやってきた。アピアンは目を閉じ、騎士の首に腕を回す。八年のあいだ、数え切れないほど繰り返した行為だ。
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